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D.S.~ダルセーニョ~のブログ(仮)

自分で勝手に考えたことを色々書いています

ゆっくり解説 メディアリテラシーとは何か?文字ver

・初めに

 この記事は私が投稿した動画を文字にしてまとめたものです。動画の補足なんかをここに書くかも。

 動画はこちら↓

 

 以下たぶん動画のまま記載。

・冒頭

 どうも。たぶん、はじめまして?この動画ではゆっくりを使って、メディアリテラシーというものについて、ちょっとしたお話をしたいと思います。

 メディアリテラシー

 この言葉、知っている人もいれば、知らない人もいると思います。知っている人はこの言葉を『覚えておいた方がいい雑学の一つ』という風に思っているかもしれません。そんなメディアリテラシーが単なる雑学の枠にとらわれないとても重要なものであるということを、知っている方はどのくらいいるでしょうか?日本人があまり知らないメディアリテラシーの本当の意味とその重要性を、ゆっくりを使って皆さんにお話ししたいと思います。

メディアリテラシーとは一体何か?

 まず最初にそもそものメディアリテラシーとは何かについて。

 メディアリテラシー

 この言葉はメディアとリテラシーの二つの言葉が合わさったものです。

 では、それぞれの言葉の意味は何なのか?まず、メディア。辞書なんかでは、媒体・手段という意味になっていると思います。じゃあ何の媒体・手段なのかと言いますと、情報を伝えるための媒体・手段ということです。現代では新聞やテレビがメディアと言われますが、それは新聞やテレビが情報を伝えるための媒体・手段の代表的なものになっているからです。

 最近ではインターネットもメディアの一部と言われるようになってきましたね。ただし、狭義の意味ではインターネットと新聞・テレビは分けて考えられています。これはインターネットの特性が新聞・テレビとは全く異なるものだからなのですが、これに関しては割愛させていただきます。ようは新聞やテレビ・ネットのような、情報を伝えるための媒体・手段がメディアだという事です。

 では、リテラシーとは一体何なのか?辞書とかだと「識字能力」という意味になっていると思われますが、「読み書き」というのがわかりやすいですね。つまりメディアリテラシーという言葉は、新聞やテレビなどの情報を伝える媒体や手段=メディアを読み書きできる能力、という意味ですね

・メディアの読み書き能力とは一体何なのか?

 ではメディアの読み書き能力とは一体何なのか?そもそも読み書き能力とは一体何なのか?小学校で教わる文字の読み書き能力の事です。文字を読んだり書いたりすることが識字力、即ちリテラシーなのです。これのメディア版がメディアリテラシー。つまり、メディアを読む能力と書く能力に分かれるという事です。

 ではメディアを書く・読むとは一体どういうことなのか?メディアを書く能力の方からご説明いたしましょう。メディアを書く能力とは、新聞やテレビなどのメディアを用いて情報を一つにまとめて発信できる能力のことを言います。

 例えば今皆さんが見ているこの動画、ゆっくりというツールを用いてメディアリテラシーの情報をまとめて動画にして発信する。これがメディアを書く能力です。

 またメディアを書く能力は情報の送り手のメディアリテラシーともいわれることがあります。情報の送り手とは何かというと、うp主のように情報を大衆に広める者の事です。もっとわかりやすい例が新聞記者などのジャーナリストですね。つまり情報の送り手のメディアリテラシーというのは、ジャーナリストを始めとした情報発信者が身につける能力という事ですね。

 これと表裏一体なのがメディアを読む能力です。メディアを読む能力は情報の受け手のメディアリテラシーとも言い換えられます。この動画を始めとした情報を受け取る「視聴者」の皆さんが身につける能力の事ですね。

 そしてメディアリテラシーの概念では、こちらの情報の受け手のメディアリテラシーの方を重要視しています。なぜ送り手のメディアリテラシーよりも受け手のメディアリテラシーの方を重要視しているのか。それはメディアリテラシーの原点なぜメディアリテラシーが生まれたのかを紐解くと、理解することができます。

メディアリテラシーが生まれた背景~なぜ受け手のメディアリテラシーが必要なのか?~

 なぜメディアリテラシーが生まれたのか?メディアリテラシーは1930年代のイギリスで生まれたものです。

 1930年代といったらどんな年だったか?その当時はナショナリスト民族主義者たちが、メディアを使って自分達のプロパガンダ=政治的主張を広めていた時代です。メディアを使って自分達のプロパガンダを広げていたというのがポイントです。これが大成功して急躍進を遂げたのが、ナチスでありナチスの旧躍進によってヒトラー総統は誕生したのです。

 このメディアを使ったプロパガンダに危機感を抱いた当時のローマ教皇が、メディアを批判的に見ることを説いたのが、メディアリテラシーの始まりだと言われています。つまりメディアを批判的に見てプロパガンダに惑わされないように生まれたのが、メディアリテラシーだという事です。

 そしてメディアによるプロパガンダを鵜呑みにした当時のドイツ国民がヒトラーを生み出した事を考えると、メディアリテラシーの概念は第二のヒトラーを生み出さないための抑止力とも言えますね。もしあの当時のドイツ国民にメディアリテラシーが身についていて、ナチスのメディアを使ったプロパガンダを鵜呑みにしていなければ、ナチスの台頭並びにヒトラーの誕生は起こっていなかったかもしれませんね。こういう風に考えてみた場合、逆にメディアリテラシーが希薄な所では、第二のヒトラーが生まれる危険性があるとも言えますね。

 1930年代に当時のローマ教皇が提唱した、「メディアを批判的に見る」ことがメディアリテラシーの基本であり、これが受け手のメディアリテラシーなのだという事です。

 なおメディアを批判的に見るの「批判的」とは、ネガティブな意味での批判ではなく、適切な基準や判断に基づく論理的で偏りのないという意味の前向きな意味での「批判的」となります。メディアリテラシーというのは間接的に、論理的で偏りのない思考を育成するものでもある、ということですね。

 

 以上のような論理的で偏りのない思考でメディアを批判的に見ることが、受け手のメディアリテラシーなのだという事です。で、その受け手のメディアリテラシーを養うことで、メディアを使ったプロパガンダに惑わされることなく、政治の意思決定やよりよい社会の構築を、目標にしているというわけです。これが受け手のメディアリテラシーが重要な大きな理由となります。受け手のメディアリテラシーが重要な理由は他にもありますが、それについてはまたの機会にお話ししたいと思います。

 そんなメディアリテラシーの概念は現在、世界的な広がりを見せています。1930年代のイギリスで生まれたメディアリテラシーは、発祥国イギリスを中心に教育現場での様々な取り組みが行われてきました。その後カナダ・アメリカへと広まり、1990年代に入ってサミットなどの国際会議で大きく取り上げられた結果、多くの国々にメディアリテラシーの概念が広まっていきました。

 1999年にはユニセフが、メディアリテラシー国連が定める子供の権利条約に含まれるものだ、と主張していたりします。子どもの権利条約に含まれるというのがポイントですね。つまりメディアリテラシーは子供に教えるべき重要なものだとユニセフが主張し、それに賛同する声が少なくないことから、メディアリテラシーは世界的に子供に教えるべき重要なもの、という認識でいるという事です。だから世界の教育現場でメディアリテラシーを教えることが、現在急加速しているという事です。

・国語で教えるメディアリテラシー~メディア教育は現代の国語教育~

 では、世界の教育現場ではどのようにしてメディアリテラシーを教えているのか?基本的には国語で教えていたり教えようとしている所が多いです。なぜ国語でメディアリテラシーを教えるのか?

 そもそも国語とは一体何なのか?私たちが子供の頃、国語の時間で何を学びました?文字、とりわけて母国語の読み書き能力やその意味、活字の文化などを学んだと思います。そう。国語というのは、自国の言葉並びに自国の文化を理解するために学ぶものです。とりわけて、自国の文化というのがポイントですね。

 たぶん先進国が中心になっていると思いますが、現在世界の教育現場では、今自分達が生きているリアルタイムの現代文化を国語の時間で教えるところが増えています。そのリアルタイムの現代文化と私たちはどうやって接していますか?テレビやインターネットといった、メディアを通じて現代文化と接していますね。というよりも、現代文化が生きる上ではメディアとの関わり合いが必要不可欠だと思われます。つまり現代文化を学ぶ上では、メディアに対する理解が必要不可欠だという事です。だから現代文化を学ぶ国語の時間で、メディアを理解するメディア教育を行っているという事なのです。国語の時間にメディア教育を行って、メディアリテラシーを身に着けた上で、自国の文化について学ぶのです。

 そもそも現代文化に限らず文化というのはメディアと密接な関係があります。私たちが過去の文化を知る時、何から過去の文化を知りますか?昔の人が書いた、巻物や絵画などに描かれる描写から過去の文化を知るのがほとんどだと思います。そしてその巻物や絵画などに当時の文化を描くことが、送り手のメディアリテラシーなのです。文化を残すためにはメディアを活用しなければいけないし、文化を知るためにもメディアを活用しなければいけない。そんな文化を理解する国語の時間でメディアを教えることは、よくよく考えてみたら、極々自然なことのように思います。

 ちなみにというか当然ながらのような気もしますが、国語以外の科目でメディアを教えることもできます。イギリスではメディア教育が科目として独立していますし、大学受験の選択科目にもなっていたりします。また、もしかしたら行っている所があると思いますが、歴史の授業でメディアを教えることだってできます。これは先ほど述べた過去の文化を巻物などの当時のメディアに記したのと同じで、歴史もメディアに記したものがあることから、歴史もメディアと密接な関係にあります。

 そもそもメディアリテラシー的に言えば、歴史は作られるものです。これに関しては、日本関連で色々当てはまるものがあるので、よ~~く理解できると思います。とりわけて新聞やラジオといったマスメディアが出てきてからの歴史、いわゆる現代史なんか「作られているもの」が多いですね。メディア史という名で近現代史を教えるのは、面白いでしょうね。

 

 以上メディアリテラシーが世界でどのように教えられているのかをお話ししました。先ほど述べたように、メディアリテラシー子供の権利条約に含まれるという世界の共通認識から、世界的にメディアリテラシー教育の導入が進んでいます。

 その一方でメディアリテラシーを教育に取り入れていない国もあります。その国々にはとある共通項があることから、メディアリテラシーを教育で取り入れることはある意味絶対にありません。ではメディアリテラシーを教育に取り入れたくない国とはどういう国か?次はこれをお話ししたいと思います。

メディアリテラシーが「最大の敵」な国

 メディアリテラシーを教育に取り入れたくないという事は、国民が論理的で偏りのない思考でメディアを読むことを嫌がる国だという事です。そんな国は一体どんな国なのか?単純に考えて、独裁国家が該当しますね。

 現代の独裁国家は、独裁者がメディアを使って自身の支配を強めています。そんな独裁者から見れば、メディアを批判的に見るというメディアリテラシーの概念はある意味、最大の敵だったりします。こういう風に考えると、メディアリテラシーを教えていない国がわかりますね。中国と北朝鮮です。

 北朝鮮のすぐ南の国も、メディアリテラシーがないから起こる出来事が起こっている気がしますが、アレに関しては別の機会に取り扱いたいと思います。メディアリテラシー的に見た場合、あの国は貴重なサンプルだったりしますので・・・。

 話を戻して中国も北朝鮮も国営放送を使って自分達の支配を強めています。中国に関しては基本的に自由な言論・情報空間であるネットの方も、自分達に不利な情報を閲覧できないように検閲していますね。中国も北朝鮮もメディアを使って自分達の支配を強めているので、メディアを信じないようになるメディアリテラシーはある意味、最大の敵だったりします。

 実際に中国ではメディアリテラシーが身についていると思われる特定地域の人々から、中国共産党の支配に対する反発が生まれていたりします。これについては別の機会で触れます。

 中国の特定地域のようにメディアリテラシーを身につけると、自分達の支配に危機が生じることから、中国北朝鮮を始めとした現代の独裁国家メディアリテラシーを教えることはないのです。

 そしてこれから生まれる独裁国家に対しても、メディアリテラシーは最大の脅威になったりします。これが、メディアリテラシーは第二のヒトラーを生み出さないための抑止力の意味なのです。言い換えればメディアリテラシーは、独裁国家に対する最大の武器だとも言えますね。

 そんな独裁国家に対する最大の脅威であるメディアリテラシーは、民主主義ともかなり深くかかわっていきます。が、これに関しては、またの機会にでもお話ししたいと思います。

・結びに

 今回の動画でお話ししたかったことは以上となります。まだまだメディアリテラシーについて皆さんにお話ししたいことがありますが、次回以降にもアップする予定の動画の中で、少しずつ触れていきたいと思います。

 ちなみに私のメディアリテラシーに関する知識は、こちらの書籍からの受け売りが多いです。

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 こちらは2000年に岩波新書から初版が発行された、菅谷明子さん著作メディア・リテラシー~世界の現場から~』という本になります。2000年に初版が発刊されたという所がポイントだったりします。この本は著者の菅谷明子さんが主に90年代を中心に、世界のメディア教育の現場を渡り歩いた際のレポートをまとめた本となります。なのでこの本の記述は実は古い記述だったりします。詳しい本の内容に関してはこれから投稿していく動画の中で、少しずつ明かしていく予定ですが、今の時代に読んでも非常にためになる本となります。むしろ今の時代だからこそ特に日本人の多くの方に読んでもらいたい本、ですね。日本と照らし合わせてこの本を読むと、かなり衝撃を受けると思います。と同時に今の日本社会が、本当の意味で理解できると思います。この本は世界のメディア教育の現場をまとめた本となりますが、本の趣旨とは異なる、今の日本社会について考えさせられる本でもあると思っています。私の今後の動画は見る気がないという方でも、この本は是非読んでおくことをオススメします。古い本なので書店だけでなく公共の図書館等にも普通においてあると思うので、読むこと自体は苦ではないと思います。また文庫本なので比較的読みやすい本だとも思われます。興味を持った方は是非読んでみることをオススメします。

 そして先ほども述べた通り、この本を読んで現代日本と照らし合わせて衝撃を受けて、多くの人にメディアリテラシーを知ってもらおうと思って、こんな動画を作成したわけでもあります。メディアリテラシーが単なる雑学の範囲に囚われないとても重要なものであることが、今回の動画で理解できたら幸いです。今回の動画ではわからなかったよ、という方は、次回以降に投稿する動画や、メディア・リテラシー~世界の現場から~』を読んで、理解してもらえたらと思います。私の動画がメディアリテラシーの理解の拡散に少しでもつながることを祈って、今回の動画を終わりにしたいと思います。

 それでは、ご視聴ありがとうございました!

・要点まとめ

メディアリテラシーはメディアの読み書き能力という意味であり、送り手のメディアリテラシーと受け手のメディアリテラシーに分かれる。

②そのうちの受け手のメディアリテラシーが重要で、その内容は論理的で偏りのない思考でメディアを読むこと。

メディアリテラシーは世界の共通認識として、子どもに教えるべき重要なものと位置づけられていて、教育で教えるようになっている。

④世界では国語教育で教えるようになっている。国語は自国の文化を学ぶもの。文化とメディアが密接に絡んでいる現代において、国語でメディアを教えるのはある意味自然なこと。

メディアリテラシーは独裁者の最大の敵であり、独裁国家を生み出さないための大きな抑止力。