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D.S.~ダルセーニョ~のブログ(仮)

自分で勝手に考えたことを色々書いています

お正月だからこそ「テレビ視聴」を見直してみよう

my thinking

・初めに

 長いです。十分に時間を確保して読むことをオススメします。

・あなたはなぜテレビを見るのか?

 世間は新年が明けて今はお正月。皆さんはどのようにお過ごしだろうか?特に家で過ごされている人はどのように過ごしておられるだろうか?お正月は少なくとも一週間はテレビも特別編成を行っていて、テレビ番組もお正月スペシャルと称した番組が大勢あるだろう。それを見てお正月を過ごしている方が大勢居られると思われる。

 そんな方々に一つの疑問を投げたい。あなたはなぜテレビを見ているのですか?特に普段はテレビを見ないと豪語する方々。普段はテレビを見ないと言っておきながら年末年始のテレビ番組は見てしまう人が多いのではないですか?なぜお正月だけテレビを見ているのですか?

 2017年1月2日、紅白歌合戦の視聴率が公表された。

 ちなみに裏番組の視聴率はこちら。

 大手メディアの大晦日のテレビ番組の視聴率は、NHKは約35~40%、日テレは約17%、TBS・フジテレビ・テレビ朝日はいずれも10%を割り込んでいた。日テレ以下の三局が軒並み低視聴率だったのは一種の救いを感じた。

 ちなみにもう一つのお正月の風物詩である駅伝は、ニューイヤー駅伝が12.9%、箱根駅伝は約28%の視聴率を叩き出している。こちらでもTBSの視聴率が思ったほど伸びていないというのは一種の救いであろう。

・テレビ離れは本当に起こっているのか?

 現在はテレビ離れが加速していて通常の一週間調査でも20%を割り込むことが増えてきている。一週間全体で20%を割り込む番組が多い中、お正月のテレビ番組は未だに好視聴率を叩き出していることがわかる。つまりお正月は多くの人々がテレビを見ているという事だ。まあそれだけ休みとかが多いということなのかもしれないが、逆に言えば十分な休みが取れたらみんなテレビを見てしまうとも言える。

 お正月のテレビ番組は一種の風物詩みたいになっていると思われるが、逆に考えてほしい。何故風物詩になっているのか?昨今テレビ離れが加速していると言われているが、このデータを見てみると本当にテレビ離れが進んでいるのか疑問に思えてくる。普段テレビは見ないと豪語する方もお正月のテレビ番組は見る人が多いのではないだろうか?普段テレビを見ないと豪語する方々はなぜお正月のテレビ番組を見てしまうのだろうか?

・テレビを「見てしまう」民族、日本人

 意地悪な質問に思うかもしれないが、実はこれこそが非常に重要な見方だと私は考えている。言ってしまえば、日本人は口だけなのだ。普段はテレビは見ない見ないと豪語しておきながら、何かが起こったらテレビをつけてしまう。何も起きていない暇な時でもついついテレビをつけて、面白いテレビ番組はないかと探してしまうことはあるはずだ。また特別なテレビ番組が放送されたらそれだけ見てしまう人もいるだろう。こんな記事を書いている私もこの間のコナンスペシャル(第一話のリメイクのようなもの)は見てしまった。つまり日本人は何かあったらテレビを見てしまう民族なのだ。そんな日本人から100%完全にテレビを切り離すことができるのだろうか?言うなれば、日本人はテレビに依存してしまっているのである

---テレビ依存症とネット依存症は同じもの

 昨今ネットの発達でネット依存症が社会の大きな問題として取り上げられることがあるが、テレビ依存症という言葉を聞いたことはないだろうか?ネット依存症はその名の通りネットに全てが依存してしまい、生活も仕事も通常の生活ができなくなってしまうことを意味する。そして個人の考え方がネット特有の環境に変わってしまうことを問題視する特集だってあるはずだ。ネットについて語る際には思考が偏りやすくなるという主張をよく目にするだろう。

 だがこれらはネット特有の症状ではなく、テレビにだって見られるものだ。思考が偏りやすくなるという部分はテレビも同じであり、外国ではこれを問題視して教育でメディアについて教えている。

---もし日本社会からテレビがなくなったらと考えてみると、日本のテレビ依存状態がよくわかるはず

 生活や仕事に関しても同じだ。これは一つの質問で片が付く。本当に日本社会からテレビがなくなったら日本人は普通の生活ができるのだろうか?普通に暮らし、普通に仕事し、普通に会話し、普通にリラックスする・・・。これがテレビが完全になくなった社会においてできるのだろうか?昔はできていた。なぜならばテレビがなかったからだ。テレビがなかった昭和以前の日本ではテレビがなくても普通に生活していた。昔の生活に戻れと言っているのではない。昔のような生活を、テレビのない生活を今の日本人はできるのだろうか?ということだ。私はできないと断言しよう。なぜならば、本当にテレビがいらないというのならお正月の特別な番組が風物詩にならないだろうし、会話や社会の動きそのものがテレビ中心になるはずがない。今の日本社会をしっかりと見つめれば、今の日本人はテレビなしでは生きることすらできないことがわかるはずだ。さすがに生きることすらできないというのは言い過ぎかもしれないが、もしも本当に日本からテレビがなくなったら、日本社会は滅びを迎えると思っている。滅びないにしても治安が一気に悪くなるのは間違いない。日本が今の中東なんてものじゃない不安定国家になると私は考えている。そういう風に考えると、生活や仕事もテレビに依存していると言えるのではないだろうか?

 こうして考えてみると、ネット依存症とテレビ依存症は同じものであることがわかる。この二つの共通点はどちらもメディアに属しているという事だ。言うなればメディア依存症という物になり、恐らく海外では普通にメディア依存症という言葉が使われていると思われる。その中のネット依存症、テレビ依存症を分けて海外では研究が行われていると思われる。あくまでも推測だが。このメディア依存症という言葉を日本で見かけたことのある人はいるだろうか?そもそもこの概念に気づく人がどのくらいいる?気づいた私自身は素晴らしいと言いたいのではない。ネットもテレビも本質的には同じものでありどちらにも問題があるという事に、気づけていない日本人の方が普通となってしまっているだけなのである。ネット依存症は「知っている」がテレビ依存症には「気づけていない」のが日本人なのである。どうして気づかないのか?それはメディアがそれを伝えていないからだ。

---テレビから脱却できる日本人はどのくらいいる?

 一応テレビ最初期にはテレビが生活に悪影響を及ぼすのではないか、テレビを見たら馬鹿になると言ったテレビ批判の論調はあった。現在ではその論調はネットで見られるようになったが、逆にネット以外ではどうだろうか?今は子供からお年寄りまでテレビの問題点に気づけていない人が多数派なはずだ。今現在はお年寄りではなく若い世代が気付くようになっているというのが実に興味深いことではあるが。その若い世代も完全にテレビからは脱却できていない。でなければ、お正月のテレビ番組が軒並み高視聴率を叩き出すことなんてないからだ。テレビの問題点に気づけていてもそのテレビを完全に放棄することは、今の日本に生きているすべての世代ができないと思われる。本当にできるという人は、本気で日本総人口の0.1%以下しかいないと断言しよう。日本人は完全にテレビからは脱却できない民族なのだ。それはまさに日本人全員がテレビ依存症に陥っていると言えるのではないだろうか?

・日本社会はテレビ依存症に陥っている

 ここまで長々と書いてきたが、私が述べたいのは、日本人はテレビ依存症に陥っているという事だ。テレビ依存症になっているからお正月のテレビ番組を「見てしまう」のである。お正月のテレビ番組を見ないで過ごすことができるのだろうか?できるというのならなぜできないのか?それはテレビ依存症に陥っているからである。

---私が日本をテレビ独裁主義だという根拠

 私は日本人全員がテレビ依存症に陥っていることこそが日本の最大の問題であり脅威であるとみている。なぜかといえば、日本人全員がテレビ依存症に陥っているという事は、社会・政治・教育といったあらゆるものがテレビ中心になってしまうという事だ。自分達で考えないでテレビの主張通りの事をする国になってしまう。私は自分でちゃんと考えているという人は、じゃあテレビのいう事とは別の生き方を日本社会でできるだろうか?できなくはないが、少なくとも日本社会のはみ出し者になるのは間違いないだろう。結局口で言うだけで実際に社会を生きる際には「テレビの社会」で生きることを選ぶ人が大半のはずだ。つまり国自体が「テレビ依存国家」になってしまっているのである。そんな国はもはや民主主義国と言えるのだろうか?

 私はブログで何度も日本はテレビ独裁主義と述べている。これは私が生み出した、恐らく私しか使っていない言葉だが、実際にテレビによる独裁体制に近い状態に日本社会はなっていないだろうか?そうでないのだとしたら、なぜマドンナ旋風は巻き起こった?なぜ小泉劇場が起こった?なぜ民主党政権が誕生した?これらのものは全て、メディアが中心となって起こった出来事なのではないだろうか?土井たか子を始めとした当時の社会党を支持した理由は何だ?小泉純一郎を支持した理由は何だ?民主党に投票した理由は何だ?全て「テレビで報道していたから」ではないだろうか?テレビの報道が実際に政治での行動に繋がっていることは、近現代の日本政治の歩みが証明しているのだ。

 そしてこれを問題視している人はどのくらいいる?マドンナ旋風・小泉劇場民主党政権の誕生はなぜ起こったのかを検証している人はいるのだろうか?国民はどのくらいこれらについて考えている?誰も、何も、考えていないのではないか?なぜ考えていないのか?なぜ問題視していないのか?それはテレビが取り上げないからだろう?

 これこそがテレビ依存国家の最大の問題点であり危機であろう。テレビが伝えなければ何も考えない、何も知らない国になっているのが日本なのである。さすがに現在はネットの発達でテレビが伝えない真実も知られるようになってきた。が、一昔前は?ネットが出てくる前の時代はどうだっただろうか?テレビに全てが支配されていたのではないか?でなければ、右翼が悪という認識が日本社会に広まることはなかったはずだ。

---昔の日本社会はなぜ右翼だけが悪者扱いされていたのか?

 右翼左翼に関しては前にも述べたことがあるので簡単に述べると、右翼と左翼は飛行機の両翼と同じで完全に一対の存在であり、右翼が悪なら左翼も悪でなければならない。どうしてネットが発達する以前の日本社会では「右翼が悪なら左翼も悪だ」という考えが出てこなかったのだ?それは右翼と左翼を正しく教えていなかった教育にも問題はあるが、マスメディアが右翼は悪だと吹聴したからではないのか?だから日本のマスメディアは左翼メディアだと言えるのである。そして左翼メディアが吹聴する右翼は悪だというプロパガンダに日本社会が追随していた。

 それは教育が悪い面もある。教育でメディアを疑う教育を行っていなかったことも原因の一つだ。だが教育で教わらなかったとしても、教育が教えないことを社会で知ったり、気づくことだってできたはずだ。仮にメディアを疑うことが大事だという事に気づいたとしても、それを社会が認めただろうか?当時の日本社会は右翼が悪なら左翼も悪だ!と言ったらキチガイ扱いされてはいなかっただろうか?メディアの間違いに気づいたとしても、それを許さない風潮が当時の日本社会にはあったのだ。それは本当の意味で「言論の自由」が存在していた社会なのだろうか?テレビに言論が支配されてはいなかっただろうか?それはまさに「テレビに支配された国」なのではないだろうか?

・現代日本政治からわかる日本という名のテレビ依存国家の姿

 そしてネットが発達した今の日本社会でも「テレビに支配された国」からは脱却できていない。その証拠は選挙に表れている。どうして日本の選挙の投票率は低いのか?それは今の選挙制度が悪いという面もあるだろう。だが根本的な問題として、有権者が投票に行かないというのがある。なぜ投票に行かないのか?単純に政治に興味のない人が多いだけだ。これもまた教育できちんと政治を教えていないのもあるだろう。ではどうやったら有権者が投票に行くようになるのか?その答えは投票率の変遷を見ればわかる。

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 とりわけて平成に入ってから投票率の高かった選挙を見てみよう。特に衆議院を見てほしいが、平成に入ってから投票率の高かった選挙は第39回(平成2年)、第44回(平成17年)、第45回(平成21年)の三つが目に入る。ではそれぞれの選挙内容はどうだったのかというと、平成2年の第39回選挙はマドンナ旋風が巻き起こっていた時の選挙平成17年の第44回選挙は郵政選挙と呼ばれるもので小泉旋風が巻き起こっていた時の選挙平成21年の第45回選挙は民主党への政権交代が起こった選挙。そう先ほど挙げた「テレビで報道していた」選挙は軒並み投票率が上がっているのだ。このことが日本がテレビ独裁主義国家である何よりの証拠なのだ。そしてそれ以外の選挙はずっと低調している。なぜか?テレビが騒がないからだ。

 現在の安倍政権は非常に安定した政権であり、それによる恩恵も多数受けているのは間違いない。だが投票率を見てみると、支持率60%からは考えられないほどの低い投票率だ。どうして投票率が低いのか?それはメディアが安倍政権を応援していないからである。そしてそんなテレビ報道に呼応して、日本人は選挙に行かなくなる。テレビではSEALDsやら何やらを大々的に応援していたがそれが実ることはなかった。それは単純にSEALDsと呼ばれる組織がマドンナ旋風や小泉劇場並みの影響力を持っていなかったからであろう。

---インターネットが政治に与える影響はまだまだ「少なからず」の影響

 しかし、マドンナ旋風や小泉劇場の時とは違って今はインターネットが発達している。インターネットではSEALDsはかなり嫌われており、それによりSEALDsの躍進力が抑えられたという面はあると思われる。ネットの影響は少なからず政治には作用していると思われる。が、その影響は結局の所「少なからず」だ。もし国民がテレビを信用しなくなっているのだとしたら、投票率は上がってもいいはずだ。恐らく今後マドンナ旋風や小泉劇場のような出来事が起こった上で選挙を行ったら、間違いなく投票率は上がるだろう。逆に言えば、テレビを賑やかすような出来事が起こらない限りは投票率は上がらないままという事だ。つまり今もこれからも投票率がテレビに左右されている時点で、日本は永久にテレビ支配から脱却できないという事なのである。投票がテレビに左右されている状態は、本当に民主主義の選挙であると言えるのだろうか?

 日本がテレビに支配された国だというのは、とりわけて平成になってからの選挙の投票率を分析してみればわかることだ。そしてそれは選挙だけでなく社会の風潮としても現れている。それがお正月のテレビ番組を「見てしまう」ことなのである。

 別にお正月のテレビ番組を見てもいい。テレビ報道から選挙を判断してもいい。だがそうやって何でもかんでもテレビ任せにして、テレビ依存状態になってしまって、正常な判断ができるのだろうか?テレビが伝えるのだから正しいという認識は、全世界共通で間違いだという認識になっている。この認識を踏まえた上でテレビを見ている人はどのくらいいるのだろうか?テレビに問題があることを本当に理解できている人は日本人全体の何%であろうか?圧倒的多数派がテレビを盲目的に信じていて実際にテレビの言う通りに行動しているから、投票率も低いし、社会全体がテレビに追随する社会になってしまっているのだ。

・テレビを見ないことこそがテレビ依存国家から脱却できる唯一の道

 日本人にとってテレビというのは家族のようなものだ。小さい頃からテレビを見てきて、成長していく過程においてもずっとテレビと一緒だったという人が、特に上の世代ほど当てはまるのではないだろうか?テレビは日本人にとっては家族同然ではないのだろうか?テレビを捨てるという事は家族を捨てるという事に等しい。だから日本人はテレビ支配から脱却できないのだと考えている。

 そんな日本人からテレビをなくさせることはできるのだろうか?「テレビ」というメディアツール自体は必要な人が大勢いるだろう。「モニター」というのが正しいのかもしれないが、ゲームや映画などのためのモニター代わりとしてテレビを所有しているという人もいるだろう。つまり問題なのは「テレビ番組」なのだ。テレビに支配されているというのは正確には「テレビ番組に支配されている」となる。つまり単純明快にテレビ番組の視聴さえしなければ、日本人はテレビ依存症から脱却できるのである。

---小さい頃からテレビ番組の「刷り込み」を受ける日本人

 ではテレビ番組を見ないようにできるのか?ここが最大のポイントだ。多くの日本人はテレビ番組を「見てしまう」のである。それは小さい時からずっとテレビと過ごしてきたが故の刷り込みなのだ。この刷り込みは動物世界の刷り込みと全く同じだと考えている。だから日本人はテレビを家族同然の存在と思い込んでしまい、テレビ番組を「見てしまう」のである。

---若い世代はテレビの刷り込み期間が短いからテレビの影響を受けないでいる

 テレビと刷り込みの関係は若い世代を見てみるとより理解が深まるであろう。現在は若い世代ほどテレビを見なくなっていると言われている。それは日本に生まれてまだ年が浅いからテレビによる刷り込みの影響が弱いのである。しかも現在はインターネットが存在しており、昔と違って子どもから大人に成長する過程全てでテレビと関わりあう事がなくなってきている。その結果、今の若い世代は上の世代に比べてテレビの刷り込み効果が薄いのである。それがいわゆるテレビ離れであろう。だが実態は先にも述べた通りお正月などの特別なテレビ番組を「見てしまう」人が若い世代にも多いのが現状だ。まだまだ刷り込みの効果は高いと言えよう。

 なので、まずはテレビ番組を「見ないようにする」ことから始める必要がある。これは意識しなければできないことであり、正直本気で難しいと思われる。単純明快にテレビ番組を見ないようにしなければテレビ支配からの脱却は無理であろう。

---ニュース以外のテレビ番組にも刷り込み要素はある

 ここまでの記述でお正月ぐらいテレビを見てもいいじゃないか、と思う人はいるだろう。テレビ番組に問題があるというのは主にニュース番組に問題があるのであり、普通のテレビ番組には問題がないと思っている人がいるかもしれない。しかしながら、それこそが一番の間違いなのである。テレビ依存社会というのはニュース番組に全てが左右されるだけでなく、ニュース以外のテレビ番組にも影響されてしまうことを言うのだ。その最たるものがタレント候補であろう。テレビ番組に出ているというたったそれだけの理由で政治家になれてしまうというのが日本政治の最大の問題点だ。知名度があればそれだけで当選「してしまう」から、どの政党もタレント候補を擁立するのであり、実際に当選しているという実績がある。テレビの問題というのはニュース番組だけでなくバラエティーやドラマ、アニメにも問題があるのだ。実際に海外のメディア教育ではニュース番組以外のテレビ番組、それこそアニメなどを実際に義務教育で教えていたりする。海外ではドラマやバラエティー、アニメや映画、CMもちゃんと義務教育で教えているのだ。海外ではちゃんとテレビに映るすべてのものに問題意識を向けさせているのである。なので、ニュース番組だけが問題でドラマやアニメといったエンターテインメントは問題ではないという認識は間違っているのである。特別なテレビ番組だけは見てしまうことも、無自覚のうちにテレビの刷り込みを受けることに繋がってしまうのである。だからこそお正月のテレビ番組の視聴こそ風物詩から外すべきなのである。

---どんな理由にせよテレビを見てしまうからテレビは暴走してしまう

 またどんな内容のテレビ番組を放送しても結局視聴者が見てしまうから、テレビ番組が全く改善しないというのがある。逆にテレビ番組の不祥事をネットで大々的に騒いでいても余計にテレビ番組の暴走に繋がってしまう。これはいわゆる炎上商法的なものであるが、現在のテレビ番組の多くが炎上商法で視聴率を上げていると私は考えている。どちらもテレビを「見てしまう」からテレビ番組の暴走に繋がるのであり、本当にテレビ局を正常化させたいのだったら、どんな内容のテレビ番組でも「見ない」のが一番いいのである。

---テレビを監視する←この思い込みが一番テレビ局の暴走を増長させる

 テレビを見なければテレビ番組の監視ができないじゃないかと思う人がいるかもしれない。逆に聞きたい、なぜテレビを監視する必要があるのだ?テレビは多くの国民に情報を提供してくれるものだから、それを監視することは確かに意義があるかもしれない。だがテレビを監視するという事はテレビ報道は国民に正しい情報を与える義務があると思いこんでいるから、テレビを監視してしまうのである。逆に言えばその思い込みさえなければテレビを監視する必要がないという事である。

 とりわけてテレビについて監視する必要があるのは公共放送だ。なぜかと言ったら公共放送は視聴者から受信料という形でお金を強制的に徴収している。お金を取られているんだから国民が公共放送を監視し、意見を言う意義がある。では民間放送はどうなのかといえば、お金を取っていないのだから監視する必要がなければ、意見を言う必要もない。そもそも民間放送は国民に情報を伝える前にただの企業だ。民間放送の放送というのはただの企業活動に過ぎない。企業活動で報道を行っているのだから偏るのは当然なのだ。なので民間放送を監視という目的で視聴することは、根本から間違っていると言わざるを得ないだろう。じゃあどうして民間放送を監視してしまうのかというと、民間放送は絶対に偏るものだという事を知らない国民が多いからなのである。それは教育で教えていないからなのは間違いない。実際に海外では民間放送は偏っていることを小学校の段階で教えている所が多々ある。それを教えていないから日本人は民間放送を大事だと思い込み、監視してしまうのである。本当に監視すべきなのは公共放送ただ一つだけだ。これもまたテレビによる刷り込みの一つであろう。

 そしてそのテレビの擦り込みに付け込んで民間放送は炎上商法を行う。なぜか?監視目的の視聴でも視聴率が出て利益が出てしまうからだ。つまり民間放送を監視する目的で視聴することは、逆にテレビ局の利益を上げることに繋がってしまうのである。視聴率が利益に直結するという事はこういう事なのである。これもまた日本人は知らない。なぜならば教育で教えていないからだ。

 

 まとめると、どんな目的にせよテレビ番組を「見てしまう」ことが偏ったテレビ番組や悪質なテレビ番組の増強に繋がってしまうのである。特に民間放送がいい例であり、もしも民間放送のテレビ番組を改善させたいのなら、テレビ局に意見投稿したりテレビ番組を監視目的で視聴するのは、逆効果である。完全に民間放送のテレビ番組を見ないのが一番効果的だ。その上で民間放送の仕組みをしっかりと理解して、多くの人に伝えることが大事だ。そうすれば民間放送は改善できると思われる。

民間放送は絶対に改善されない。だからこそ日本人が行うべきことは・・・

 が、日本の民間放送の権力は絶大なので、はっきり言うが改善は絶対にできないと思われる。ならばどうすればいいのかといえば、テレビ局を改善させることは諦めて、テレビ局の仕組みを多くの国民に教えることが大事だそしてテレビは基本的に偏っているものであるという認識を国民に意識させ、国民が自然とテレビから離れていくようになれば、日本はテレビ支配から脱却できるだろう。大事なのはテレビを見ないこととテレビの仕組みをしっかりと理解することなのである。海外ではこれを義務教育で行っている。未だに義務教育でメディア教育を扱っていない日本がどれだけ時代遅れの国なのかを、多くの国民が実感してもらいたい。

・終わりに

 今回はお正月の今だからこそ見てしまうテレビについて問題提起を行った。お正月は一家団欒でテレビを見て過ごすという家庭が大勢いるだろう。それ自体は別に咎められることのない普通のことだ。だが日本のテレビの影響力を考えると、その普通のこと自体に疑問を向ける必要がある。日本は異常なまでにテレビの影響力が強い国なのだ。そんな国だからこそ日頃当たり前のように行っているテレビ視聴を見直す必要があるのだ。私たちはテレビを捨てることができるのか?テレビのない生活を行うことができるのか?お正月だからこそ考えてもらえたら幸いである。