D.S.~ダルセーニョ~のブログ(仮)

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コラム:メディアとファシズムの関係性

 

 今回はメディアとファシズムの関係性について短くだがまとめたいと思う。

 

 メディア史において、メディアとファシズムの関係性は欠かすことができないほど重要になっている。それはファシズムを広める勢力とファシズムを否定する勢力の双方がメディアを注目していたからだ。

ファシズム推進派とメディアの関連性

 ファシズムを広める勢力は、メディアを使ってファシズムを広めようとした。かつてのナチスドイツは実際にメディアを使って国民にファシズムを浸透させてユダヤ人の虐殺を国民感情から正当化しようとしていた。

---現在のドイツでナチスがタブー視されている本当の理由(仮説)

 現在ではヒトラーに対する恐怖からかつてのドイツ国民はユダヤ人の虐殺を非難できなかったと言われている。むろんその側面はあると思うが、どちらかといえば、ナチスドイツの放送に洗脳されてユダヤ人の虐殺を正義と勘違いしていた人が多かったと思っている。そもそもナチスもといヒトラーは当時のドイツ人の選挙によって誕生した人物だ。これは自分で調べてみればわかることだ。つまり、当時のドイツ国民がナチスを生み出したという事実があり、中にはナチスの行ったユダヤ人虐殺に賛同していた人もいる可能性がある。当時のドイツ人の本音がどうだったのかは、現在ではあまり真実を調べられないので仮説になってしまうが、もしそうだとしたら、あそこまでナチスを否定するのも納得できると思われる。民衆によってナチスが生まれたという事実を認識したくないから、現在でもドイツにおいてナチスの話題はタブー視されているのだと思われる。

---日本にナチスヒトラーのような第二次大戦の「明確悪」が存在しない理由(仮説)

 これは日本の戦後教育と全く同じ側面があると私は考えている。ただし日本と違うのは、ドイツには明確な「ナチスヒトラーという悪者」が存在するのに対して、日本には明確な悪者が存在していない。一応A級戦犯と呼ばれるものが存在してはいるが、そのA級戦犯は一般ではヒトラーほど悪者扱いされてはいない。もしA級戦犯ヒトラー並みの極悪人にされていたら、靖国神社は存在してはいけないはずのものだからね。

 どうして日本にはヒトラーのような明確悪が存在しないのか?これは完全に一個人の推測になるが、恐らく当時のダグラス・マッカーサー天皇陛下ヒトラー同様の悪者にする予定だったと思われる。ところが、当時の日本がそれを拒んだ。なぜか。それは天皇陛下という2000年以上にも及ぶ存在を失いたくなかったからであるヒトラー天皇陛下の違いはまさにここだと私は考えている。ヒトラーは言ってしまえば、ぽっと出の存在なのに対し、天皇陛下は長き日本の歴史の下で続いてきた日本の全てだ。天皇陛下の下に日本は成り立ってきた、まさに生きた化石のような存在なのだ。ヒトラー天皇陛下とでは背景の偉大さが全然違うのだ。だから日本人は天皇陛下を絶対悪だとはしたくなかった。その代わりにできたのが、日本が悪かったという自虐思想だと私は考えている。言ってしまえば、日本そのものを明確悪にして天皇陛下を守ったのだと考えている。あくまでも一個人の仮説になるが、もしそうなら、当時の人々の決断を私たちはどういう風に受け止めるべきだろうか?

 

 話を戻して、日本では戦後にメディアから日本が悪かったという報道を聞かされて、それを鵜呑みにして泣き崩れた人が多かったという。同じことがドイツでも起こり、ドイツの場合はヒトラーという人物を明確悪にできたから、ヒトラーが悪かったという結論で国民が一致した。つまりメディアによってファシズムの正当性を植え付けられた一方で、メディアによってファシズムを全否定することになったファシズムの始まりも終わりもメディアが関わっていたという事である。

メディアリテラシーを誕生させた反ファシズム

 一方のファシズム反対派はメディアを使ってファシズムが広められていることに着目して、メディアを鵜呑みにしないことを訴えた。これがメディアリテラシーの始まりなのである。一番最初にメディアリテラシーを訴えたのは、イギリスと当時のローマ教皇庁だ。ファシズムとメディアの関係性にいち早く気づいたイギリスだから、現在もイギリスは世界トップクラスの政治大国だと言われているのである。ファシズムに対抗するために生まれたメディアリテラシーは現在ではイギリス、アメリカ、カナダを中心に発達が進んでいる。いずれも発祥国であるイギリスとの関係が深い国であることから、メディアリテラシーが発達したのだと思われる。

 ・ファシズム推進派・反対派双方がメディアに着目していたというのがポイント

 以上のようにファシズム推進派・反対派双方がメディアに注目してファシズムと付き合っていた。推進派はファシズム思想の拡大のためにメディアを用いて、反対派はメディアがファシズム拡大の一環になっていることに警鐘を鳴らした。どちらもメディアがファシズムを広める格好の材料だという事に着目していたというのが大きなポイントだ。

 つまりメディアというのは賛成派・否定派問わず、特定の思想を広めるためには絶好の素材だという事なのだ。言い換えれば、ファシズム以外の特定の考え方や思想を広める際には、メディアを使うのが最も効果的だという事だ。

・メディアが思想拡大に効果的なのは社会と密接に関わっているから

 どうしてメディアを活用したら特定の思想を広めやすいのか?それはメディアが大衆社会と密接に結びついているからである。そもそもメディアというのは私たち大衆が情報を得るために用いているものだ。大衆はメディアを通じて情報を取得している。メディアがなければ世の中で何が起こっているのかの把握ができない。世の中で何が起こっているのかの把握ができなければ、社会の構成要因の一人として、「社会」を想像したり「社会」で生きることはできないだろうになることはできない。言ってしまえば、メディアは社会を円滑に構成し、人々が社会を生きるのに必要な役割を持っているということだ(逆に言えばメディアが中心となって社会が構成されているとも言えるが)。だから国民はメディアを重要なものだと思い、メディアの情報を大事なものだと認識するのである。そこにつけこんだのがナチスドイツであり、ナチスドイツが漬け込んだ部分に着目したのがかつてのイギリス並びにローマ教皇庁で、ナチスが漬け込んだ部分の改善のためにメディアリテラシーを生み出したのだ。

メディアリテラシーは特定の思想が拡大するのを防ぐために重要

 ここで着目したいのは、メディアリテラシーはメディアの情報を大事だという認識を疑うことだ。メディアの情報が大事、メディアの情報が第一という考え方が蔓延していると、ナチスドイツによるメディアを用いたファシズムの洗脳に染まってしまう。そうならないためにメディアの情報を疑うことを説いたのだ。つまりメディアリテラシーというのは、社会や国家に生きる人々が特定の思想に染まらないようにするために必要なことなのだ。だから今イギリス・アメリカ・カナダといった国々がメディアリテラシーを大事にしているのである。

 またインターネットの発達により近年では世界中で無意識にメディアリテラシーを重要視している動きが出ていると私は考えている。この無意識のメディアリテラシーとは何なのかといえば、単純に情報を鵜呑みにしないことだ。インターネットの発達によりありとあらゆる情報が全世界規模で入手できるようになった。その情報の中には根拠に乏しいものや嘘の情報というのも混ざっていたり、中には特定の事象に関して180度違う意見が同時に手に入ったりする。そういうのをいちいち鵜呑みにしていたら混乱してしまうだろう。だから人々は無意識のうちに情報を鵜呑みにしない、無意識のメディアリテラシーを身に着けるようになっていると考えている。この無意識のメディアリテラシーの広まりは、恐らくだが、間接的に再びファシズムが起こることを防ぐものになっていると考えている。

 逆に言えば、メディアリテラシーが発達していない、広まっていない社会においては再びファシズムが起こる可能性があるという事だ。特にテレビや新聞などの報道を鵜呑みにする人間が多かったり、一日中テレビをつけていたりする人間が多い国だ

---テレビをつけているだけでも、テレビは洗脳装置になってしまう

 ただテレビをつけているだけでも実は問題なのだ。意識していなかったとしても、毎日毎日おんなじ意見がテレビから流れていたら、次第に人はテレビから流れる意見と同じ考えを持つようになってしまう。無意識的に自然に特定の考え方に染まってしまうのが洗脳なのだ。またテレビを一日中つけていることを、(視聴率調査で)「視聴者がこの報道内容に納得している」とテレビ局が勘違い(という名の確信犯だけど)してしまい、結果ずっと同じ内容の垂れ流しが日常茶飯事になってしまい、それがますますテレビを通した洗脳に繋がってしまったりするのだ。つまりテレビの報道内容に反発していたとしても、結局電源をつけてしまうことが、無意識のうちにテレビの洗脳を後押しすることに繋がってしまうのである。だからテレビをつけ続けていることも問題なのだ。

 こうした無意識のうちにテレビをつけ続けている人が多ければ多いほど、その国の人間はテレビの意見に染まってしまう。もしもそのテレビの意見がファシズムを賛美するものだったらどうなってしまうだろうか?かつてのナチスドイツ同様、国民の手でヒトラーを生み出すことに繋がりかねないのだ。それを防ぐために必要なのがメディアリテラシーなのである。

 ・結びに

 今回はメディアとファシズムの関係性に注目した文章だが、内容はメディアリテラシーがどのくらい重要なことなのかをまとめたものになる。色々と記述しているのでよくわからなかったと思うかもしれないが、今回の文章における大事なポイントは、メディアによってファシズムは生まれるのであり、メディアによるファシズムの蔓延を防ぐためにメディアリテラシーが生まれて、今もそれが機能しているという事が理解できれば幸いである。

 

 それにしても今のこのご時世、テレビの報道を鵜呑みにしてしまう人が多い国、メディアリテラシーが広まっていない国なんて存在しているのだろうか?教育が発達していない後進国ならば納得できるだろう(アラブの春や自称イスラム国なんかがその節がある)。まさかGDPトップクラスの先進国の中にそんな国があるわけないよね