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D.S.~ダルセーニョ~のブログ(仮)

自分で勝手に考えたことを色々書いています

韓国化する日本社会

・初めに 

「韓国化する日本社会」という題名での文章はこちらが本編になります。基本的に自分の考えでしか作っていないのでご注意ください。 

 

・韓国化する日本社会

 一応前回の文章では、韓国化する日本社会の前振りとして、朝鮮半島の歴史について振り返ってみた。朝鮮半島の歴史を振り返ると、韓国もとい朝鮮民族の歴史は負けの歴史であり、その負けの歴史という過去に囚われて、今反日政策という間違った政策を行っていて未来への道を失ってしまっているのが韓国だと分析している。そんな韓国に日本が近づいてしまっていると私は危惧している。今回の文章では私が考える韓国化の根拠について説明したいと思う。韓国という特定の呼称を用いるのは失礼かもしれないが、後の記述で韓国社会が故の特徴が今の日本社会に現れてしまっている可能性があることから、「韓国化」の名称で良いだろう。

・韓国化とは?

 韓国化というのは過去に囚われて間違ったことをして今を壊してしまい未来への道を閉ざしてしまうことをいう。単純にこれだけでも日本との共通点がある。それは自虐史観。第二次大戦の敗戦という過去に囚われて、今自虐史観教育を続けていて未来への道を閉ざしてしまっている。それがかつての日本であり、今もそれは残っていると言えよう。

 だが韓国との違いとして、現在日本ではこの自虐史観から脱却する人が増えている。それはインターネットの発達により正しい認識や隠された真実を知ることができるようになったから。またゆとり教育により考えることを重視した世代が、既存の自虐史観に疑問を感じるようになったというのも大きいと私は思っている。こうしたインターネットとゆとり教育の結果、特に若い世代を中心に自虐史観で作られた今までの日本に疑問を感じる人が増えている。未来を担う若い世代が過去と今の過ちと正しい認識を抱いてくれたことは本当に希望であり、そんな彼らが台頭すれば日本の未来は保障されるだろう。韓国と違って間違った教育に疑問を感じている人が特に若い世代に多いというのは未来がある証拠だ。韓国では国外で生活しない限り、反日教育から脱却することはできないと言われている。インターネットを利用した脱却もできない韓国は日本に比べれば未来がないのは確かであろう。同じインターネットの発達でこうまで違うというのは実に興味深い

 まとめると、韓国は反日教育・日本は自虐史観で過去に囚われて今を壊しているという点では同じことをしている。が未来に向けた希望が両者で異なっている。韓国では未来を担う世代において反日教育から脱却できるのは、韓国社会から切り離された人間に限るという絶望的な状況だ。一方の日本はゆとり教育とインターネットの発達により今までの自虐史観教育に疑問を感じる若い世代が増えている。それ即ち将来的には自虐史観から脱却できる可能性があるということであり、間違った今を未来に向けて修正することができるというわけである。このような違いが日本と韓国にあることから、日本は過去に囚われるという意味での韓国化は、日本の歩みにもよるかもしれないが、将来的にはなくなる可能性がある。ようは若い世代の認識により、未来が変わるというわけだ。韓国の若い世代は過去に囚われてしまうから今と変わらない未来を歩むだろう。日本の若い世代は過去から脱却しつつあるから今とは違った未来を歩む可能性がある。日本と韓国の大きな違いはここであろう。

 ということは日本は韓国化しないのではないかと思うかもしれない。あくまでも希望であり、希望の芽も摘まれれば意味はない。結局の所今に問題があるという状況に変わりはない。その今の状況において、韓国社会に近づいてしまっている懸念があるから韓国化しつつあると言っているのだ。ではどういう今の状況が韓国化しつつあるということなのか?それは人としての在り方や社会生活から見えることがある。

・特定の意見しか認めない排他的な社会は韓国化している証拠

 韓国化というのは過去に囚われて今と未来を壊してしまうことだけでなく、単純に韓国という国や民族の特徴を反映してしまうことも言う。まず韓国社会の特徴として、反日思想という特定の概念にとらわれて、日本が好きだという意見を排除する排他的な社会になっているというのがある。この特定の概念にとらわれて、他の概念や意見を取り入れない・排除するといった社会の特徴は日本にもある。自虐史観という特定の概念にとらわれて、日本は悪くないという意見を排除する排他的な社会ということだ。近年は必ずしも日本は悪くないという認識が全面悪とはならなくなっているが、それでも一瞬立ち止まる空気はあるだろう。このような日本社会は左翼化していると私は考えている。なぜならば自虐史観からの脱却を訴える人は右翼と呼ばれ、その右翼は悪者扱いされるからだ。なぜ「右翼」と言われて悪者扱いされるのか?これこそ日本が左翼社会であるという証拠なのである自虐史観というよりも歪んだサヨク認識に囚われてしまっているのが日本社会と言えるであろう。このような特定の概念にとらわれているという意味では、日本は韓国と同じ国だったといった方がいいかもしれない。脱却しつつあるので正確には韓国化ではないかもしれない。

 以上が社会として考えた場合の記述になるが、個々人で見た場合はどうだろうか?右寄りの人間とは付き合わないといった政治的な信念を持った日本人は少ないと思うが、一つ違うだけで全否定する日本人は多いはずだ。ぶっちゃけると、テレビで言われていることと違うことを言う人を無意識のうちに排除したり懐疑的になっていたりするのではないかということだ。今でこそテレビに対する非難は、まだまだネットが中心かもしれないが、多く見られるようになっている。それでも社会生活における会話の中心はテレビで騒がれている内容が多い。テレビで言われていることがさも常識であると錯覚している日本人は、テレビで言われていないことを言う人を無意識的に警戒する。それは特定の概念にとらわれて排他的になっている韓国人とどう違うというのだろうか?韓国人の場合は血の気が多いから強い否定をすることがあるだろう。

火病は韓国化すると起こる病気

 血の気の多い韓国人が特定の事に対して発狂することを、日本では主にインターネットを中心に火病と呼ばれていたりする。勘違いしてはいけないが、火病ネットスラングではなく韓国に実際に存在している精神疾患と言われている病気だ。アメリカの精神医学会はこの火病朝鮮民族特有の文化的症候群の一つと分析している。この火病朝鮮半島の負けの歴史と大きく関わっていると私は考えている。一般的には火病は怒りの抑制を繰り返すことで、ストレス障害を起こす精神疾患だと言われている。この時点で「ん?」と思った方は日本社会をよく理解していると自覚していい。この怒りの抑制を繰り返すことで起こるストレス障害は、日本でも見られるものである。日本人でも烈火のごとく怒る人はよく見かけるだろう。問題はその起こる中身であり、常に特定の概念にとらわれてイライラしている様は完全に火病と同じであろう。とりわけてインターネットを見ていると、匿名ではあるが暴言が目立つことが多い。どうも一部の調査によると、インターネット上の暴言は同じ人が何回も書いていることが多いとのことだ。あくまでもインターネットの事例ではあるが、常にイライラしていて自分の人生を台無しにしているのは、まさに火病であろう。現実社会でもいつもイライラしている現代人をよく見かける。というか日本はストレス社会と言われており、イライラすることが日常茶飯事みたいな認識が蔓延してしまっているのが一般常識になっているだろう。実はこのイライラすることが日常茶飯事であるという認識こそが、韓国社会と同じ状態になってしまっているということなのである。つまりストレス社会と言われていることは、韓国化していることに等しいということなのである。

 とはいえ、日本のストレス社会と韓国のストレス社会とではストレスの色が違うだろう。色でイメージするなら、日本のストレス社会は青韓国のストレス社会は赤になるだろう。前者はうつ病、後者は火病ってやつだ。だがその青のストレス社会が赤に変わりつつあると私は感じている。それは日本人のマナーの悪化から垣間見ることができる。

・マナーの悪さが韓国化を招く

 最近の日本人はマナーが悪い。あくまでも体感である。どうして最近の日本人はマナーが悪くなっているのか?それについて考えてみると、いくつかの仮説が浮かんでくる。そのうちの一つに、ストレスをマナーを守らない行為に変換しているのではないかという仮説がある。単純明快に自身のストレスのはけ口として自分勝手な行動をするからマナーが悪くなっている日本人が多くなっているという説だ。ストレスが引き起こす社会人の過激化というのは、血の気が多い人が増える社会を意味する。つまり血の気が多い人が増えてしまう社会というのは、韓国化している社会に等しいということなのである。

---血の気の多い韓国人は人類としての突然変異種である可能性

 実際に韓国人は血の気の多い民族だ。それは朝鮮半島の歴史を踏まえた上での今の韓国社会を見ることでわかる。つねに争いが起こっていたから遺伝子レベルで血の気が多い民族になってしまっているのである。よく韓国の遺伝子は劣等遺伝子だと言われているが、それは厳密には間違いで、自然界で環境に合わせて遺伝子構造が変わることと同じことが朝鮮民族に起こったのではないかと考えている。常に争いが起こる環境に遺伝子が変化してしまったから、現在の血の気の多い韓国人が存在しているのではないかということだ。だから火病は韓国社会特有の症状と分析されているのだと考えている。よってすぐキレる韓国人をなくすことは、それは朝鮮民族という種を滅ぼすことに等しい。それだけ韓国人から火病や血の気の多さをなくすことは困難なことなのだということである。

---血の気の多い人が増えることが韓国化

 この韓国人の血の気の多さは闘争が続く環境における遺伝子の突然変異が引き起こしたものだという仮説を立てているが、そんな韓国人という名の突然変異種に近づいているのが今の日本人なのではないかということだ。つまり韓国化というのは民族が血の気が多くなり火病を起こし、常に誰かや特定の何かと争わなければ気が済まない社会構造になってしまうことも言うのである。むしろ今の日本社会が近づいてしまっている韓国化はこちらであろう。血の気たっぷりで自分勝手に行動しては人に八つ当たりをする日本人は、まさに韓国人に等しい存在となってしまっているのである。マナーが悪い人が増える社会というのは、韓国化しているということになるのである。

---マナーが悪いとは具体的にどういうことか?

 ではマナーが悪いということは具体的にどういうことか?。まずは挨拶だ。常日頃職場などで積極的に挨拶を行っている日本人はどのくらいいるだろうか?まあ職場は挨拶するのが当然だと思うので、日常生活で考えてみよう。日常生活のさりげない挨拶、おはようやこんにちは、何かを手伝ってもらったり人から贈り物をもらった際のありがとうの言葉はちゃんと言っているだろうか?とりわけて感謝の気持ちを伝えているかどうかがポイントかな。韓国にもカムサムハムニダという感謝の言葉がある。が、基本的に韓国人は恩を仇で返す民族だ。それは韓国の反日政策や日本の援助に対する対応からもわかる。まあ反日政策を行っているのだから日本に対して感謝することができないという謎の葛藤もあるのだろう。だが基本的に韓国人は日本人に対して感謝の言葉を述べない。仮に述べたとしても裏で何かをたくらんだうえでの感謝だ。挨拶をしないということは恩を仇で売る韓国人に等しい存在になってしまう。それでいいのだろうか?たかが挨拶一つ怠るだけでも社会の韓国化に本当につながると私は考えている。韓国人と同じに見られたくないのなら、挨拶はきちんと行おう

---自分勝手な人間が増えることはどちらかといえば中国化

 マナーが悪い=自分勝手な人間という認識が日本社会にはあるだろう。マナーが悪くなっている社会というのは、自分勝手な人間が増えているということでもある。とりわけて自分勝手な精神は中国人によくみられる光景ではあるが、韓国人にも見られる光景だ。現在進行形でアジア系の人間の自分勝手な行動に生活を苦しめられている身からすれば、アジアの人々は基本的に自分勝手な行動をする民族なのではないかという持論が出てきていたりする。だが世界常識の感覚として、マナーが悪い民族といえば中国人が思い浮かぶであろう。これ本当だからね。つまり自分勝手なふるまいをして周囲に迷惑をかける人間は中国人と同じということだ。最近の日本人のマナーの悪さの中には、数が増えている在日中国人のマナーの悪さに扇動されて、マナーが悪くなっているのではないかという第二の仮説があったりする。いずれにせよマナーが悪い=中国人の図式になっているということだが。自分勝手なふるまいをする人が多くなることは、社会が中国化することを意味しているのだ。今回の文章では韓国化を危惧しているが、中国化してはいないだろうかという監視の目も養う必要があるだろう。自分は中国人のような自分勝手なふるまいをしていないかどうか、今一度振り返ってもらいたい。

 

 以上マナーの悪さが韓国化(と中国化)を招くことについて説いてきたが、韓国化だろうが中国化だろうが、マナーの悪い人が増える社会は良い社会ではないのは確かだろう。その良い社会でない典型例として韓国を挙げたというだけである。どちらかというと中国社会の方が良い社会ではないと思うかもしれないが、じゃあ韓国社会は良い社会なのかというと疑問に思うかもしれない。正直韓国社会の真の姿は日本のマスメディアが韓国社会の裏をきちんと報道してくれないことから、実際に旅行してみないとわからなかったりする。まあ韓国に旅行した結果酷い目にあったという報告を多数聞くので、実際に韓国に行く際はご注意を(それ結局悪い社会だっていう証拠じゃねえか。日本人にだけ悪いことをする?特定の人をいじめている時点で十分悪い社会だよ)。いずれにせよマナーの悪い社会は韓国化と中国化を意味するととらえておいてよいだろう。マナーの悪くなっている日本社会は、韓国化・中国化していないだろうか?よく考えてもらいたい。

・韓国社会は学歴重視社会だ

 その他の韓国化の要因としては、学歴コンプレックスというのがある。学歴コンプレックスというのはまさに韓国化を象徴するものであろう。そもそも韓国化というのは過去のコンプレックスに囚われて今を殺して未来さえも潰してしまうことを意味する。過去のコンプレックスに囚われるという意味では、韓国社会も日本社会も同じ道を歩んでいる。韓国は日韓併合、日本は敗戦に囚われてしまっている。その過去の劣等感がそのまま自分達の民族感にも繋がってしまった結果、韓国社会も日本社会もとにかく上を目指して自分達のコンプレックスを払拭しようとする。その上を目指す方法として真っ先に思い浮かぶのが、学歴であろう。日本は実際の社会人生活において学歴では判断されないと言われているが、だったら社会人選考の時に学歴で判断しないでくれ結局いい大学に入ればいい就職先に就けるという方程式が存在している時点で、日本は学歴重視社会であると言わざるを得ない。そうやって学歴に囚われてしまうことは、韓国化を意味するのである。そもそも韓国自体が超学歴至上主義国家だ。それはこちらの文章に記載したのでこちらを参照してほしい。日本は韓国に比べればまだマシな方かもしれないが、あれが極端すぎるだけで日本も相当なものであろう。あんな極端な社会になっていいのだろうか?受験に落ちただけで死ぬ社会にはなってほしくないものである(まあ今の日本社会は学校行きたくないから死ぬというもっとヤバい状況に陥っていたりするがもしかして韓国以下!?)。極端な学歴偏重主義というのは、韓国のような歪みを生むと思っているので、学歴に囚われている人は学歴というただのステータスから抜け出すことを強く推奨する。そして結局学歴に囚われている日本社会は韓国化に向かっていると言わざるを得ないだろう。日本が韓国みたいな国にならないためには、学歴を重視するという認識をなくすべきなのである

・まとめ

 以上で韓国化しつつある日本社会とはどういうことなのかについての記載は終わりとする。長々と無駄に書いてきたが、韓国化とはどういうことなのかをまとめると次のようになる。

過去に囚われて今間違ったことをして今と未来を壊してしまうこと。それ故に特定の意見を排除すること

血の気が多い人が増えて社会全体が何かと争っていなければ気が済まなくなること

コンプレックスに異様にとらわれたことにより、結果だけが重視されてしまう社会になること。

(・自分勝手な人間が増えることは中国化←おまけ的な意味で)

 以上の要素を日本社会に当てはめると、自虐史観・反安倍運動・学歴重視社会、となるだろう。あれ?日本韓国化してね?

 他にも韓国化の要素があるかもしれないが、とりわけてこの三つの要素が韓国化に繋がる大きな要因であろう。今の日本社会の実態はこの三つの特徴が現れてしまっている社会なのか?よーく考えてもらいたい。思いっきり現れてるよ~。

・韓国化しないためにはどうすればいいのか?

 最後にこうした韓国化する社会から脱却するためにはどうすればいいのかについて述べよう。単純明快に上記の三つの特徴の逆をすればいい。つまり、

・過去にとらわれないで今の過ちを修正して未来に向かって歩むこと。

・すぐにキレるということをしない。つねに争い続けることをしない。穏やかな社会でいること。

・コンプレックスなどといった特定の概念に囚われないこと

 の三つだ。

---和を尊ぶかつての日本社会は韓国とは程遠いものであった

 ・・・書いてて気が付いたことだが、この三つは一つの文字で表せるのではないかと気が付いた。それは「和」だ。つまり韓国化の要素とは真逆の三要素というのは、和の精神を持っていたかつての日本社会の特徴なのである。この三要素をかつての日本社会が持っていたから、日本は皇紀で考えると2600年以上も天皇陛下国家元首とした「日本」であり続けたのだ。かつての日本社会は韓国化の真逆の社会だったのだ。それがたった一回の敗戦で否定された結果、韓国社会と同じ道を歩んでしまっている。たった一回戦争に負けたことが、どうして今までの日本社会の全否定になってしまうのだろうか?

 日本の伝統というのはこのような和の精神を育むことだ。それがどうして悪だと言われなければならないのだろうか?自虐史観に囚われて韓国化してしまう社会というのは、和の精神から程遠い社会になってしまっているということだ。どうしてたった一回の敗戦で2000年以上の歴史を失わなければならないのか?たった一回負けただけで歴史を捨てることも韓国化といえよう。

 この和の精神を日本はよみがえらせる必要がある。韓国化する日本社会を防ぐ方法は、かつての日本社会、すなわち「和の精神」を取り戻すことなのである。和の精神の生みの親が和の精神を取り戻すことができないなんてことはないはずだ。日本人は元々和の精神を持っている民族のはずだ。でなければ2000年以上も天皇陛下国家元首とし続けた日本という国家の姿はなかったはずだ。日本を取り戻すということはこういうことであるということを、多くの日本人に認識してほしい

 

・あとがき

 この文章を読むと韓国社会というのが悪であるかのような印象を受けるかもしれない。実際の所今の韓国が行っていることは誰のためにもなっていないことから、韓国社会は悪ではないのかもしれないが、良い社会でもないというのは確かであろう。一言でいうなら「悲劇の社会」であろう。そんな悲劇の社会に日本がなっていいのかという警鐘を鳴らす意味で作成したのが今回の文章である。最後の和の精神という記述は書いているうちに気が付いたもの。今の韓国社会とは程遠い社会であり続けた日本社会が、たった一回の敗戦で全てを失って間違った道を歩んでいるというのは本当に悲しい。最後の記述は私の願いでもある。むしろ書いているうちに韓国人が日本人を恨むのは、自分達が置かれていた環境とは程遠い、彼らからすれば理想の世界にいたから恨んでいるのかもしれないと思った。そんな韓国とどうやって付き合っていけばいいのか?日本の未来はどういう姿であればいいのか?今回の文章を期に考えてもらったら幸いである。

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