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D.S.~ダルセーニョ~のブログ(仮)

自分で勝手に考えたことを色々書いています

年功序列制度という名の日本の癌

経済関連

この文章は「シリーズ:日本の経済」の一つです。

 

年功序列制度と成果主義

 今回の文章では年功序列制度について取り上げたいと思う。

 まずは年功序列制度とは何かについて説明すると、勤続年数や年齢に応じて賃金や役職が上昇する人事制度のこと。高度経済成長期において設立したものであり、現在でも日本企業の多くがこの制度を用いていると思われる。ちなみにこの年功序列制度というのは日本型の雇用システムであり、他の国では一切見られないものだという。

 この年功序列制度としばしば比較される制度に成果主義というのがある。成果主義とは、能力や会社への貢献度によって賃金が決まる制度の事をいう。こちらは近年になって表れてきた雇用形態である。こちらも厳密には日本型の雇用システムだと思われる。

 では双方のメリットデメリットについて説明しよう。

---年功序列制のメリットデメリット

 年功序列制度のメリットといえば、なんといっても将来への安心だ。働けば働くほど、年齢が上がれば上がるほど給与や良い役職につけることが保障されているのだから、ずっとこの会社で働きたいという想いが強くなるのは当然だ。将来的な安心が保障されているのだから、離職することだって少なくなる。また年齢と同時に権威も上がっていく会社構造になるので、上司と部下の関係もただの年齢における上下関係と同じになる。つまり会社における連帯感が生まれ、良いチームワークを維持することができるというわけである。年功序列制のメリットは安定であると言えよう。

 デメリットとしては、若いうちには賃金が上がることはないということだ。年を取るごとに良い役職や高賃金が保障されるということは、逆に言えば若いうちは賃金は低いままでずっと平社員のままというわけである。また年齢が上がるごとに自動的に昇給・昇進するということは、何も仕事をしなくても正社員よりも給料は多くもらえるというわけである。つまり仕事を自分より下の者に丸投げして遊んでいるだけでも、自分の役職は確保されるし賃金だって正社員より多くもらえる。ようはサボりが横行するというわけだ。特にプライドの高い優秀な若い社員にとっては、どう考えても上司より仕事ができて、内容も人の倍はこなせているのに年齢が低いからという理由で昇給昇進ができないことは耐えられないものであろう。故に優秀な社員が他の企業に流れてしまうということもある。年功序列制度のデメリットは若いうちは苦労しなければいけないということであろう。また昨今は少子化の影響で若者が少なく年長者が多くなってしまったことにより、年功序列制度のままでは会社の人件費が高騰してしまうといった問題も表れていたりする

---成果主義のメリットデメリッ

 一方の成果主義のメリットは、年齢が低かろうが成果さえ出せば昇給昇進ができるということ。つまり若いうちから頑張れば重役に就くことができるし、高給も期待できるということだ。成果さえ出せば昇給昇進が決まるのだから、従業員のモチベーションが上がって、最終的には企業全体の増収にも繋がる可能性が見込まれるのが成果主義のメリットであろう。

 一方のデメリットはそのままメリットの正反対。成果さえ出せば昇給昇進ができるということは、逆に言えば成果が一向に出なければ永遠に昇給昇進ができないというわけである。つまり能力がなければずっと平社員のままというのが成果主義のデメリットであると言えよう。また同じ年齢なのに成果の有無がはっきりとしていることから、企業内における確執も生まれたりする。成果主義においては良質なチームワークは期待できないと言えよう。

 

 以上年功序列制度と成果主義のメリット・デメリットを述べた。こうして比べてみると、どちらも一長一短であることがわかる。安定性を取る年功序列制度か能力を取る成果主義かのどちらを選ぶのかは人それぞれだと思う。が、私はそもそもの年功序列制度か成果主義かの二つしか選べない雇用形態そのものに疑問を投げかけたい。詳しくは後述する。

 ここまでの記述は、大体年功序列制度と成果主義の一般的な解釈になっていると思われる。私が今回追及するのはその先だ。主に年功序列制度を中心にして日本型雇用制度が実際の現代社会にどんな影響を与えているのかを、私感ではあるがまとめるのが今回の文章だ。

年功序列制度は格差を生み出す

 早速だが、年功序列制度が現代社会に与えている影響について述べていこう。まず一番最初に浮かんでくるのは、世代間の格差だ。非常に単純明快なことだが、年を取ればとるほどお金がもらえるということは若い世代との格差が生じるということである。実際に今の若い世代は貧しい思いをしている人が大勢いる。いくら将来的に給与アップが見込まれるといっても、今を無事に生きられなければ意味がないではないか?高齢者と若い世代とでの明確な格差が生じてしまっていることは、年功序列制度の弊害であると言えよう。

---年功序列制度により老いてゆく社会

 とまあここまでも容易に想像ができるものと思われる。年功序列制度において格差が生まれるのは致し方ない。そういう仕組みなのだから。だが今日少子高齢化が相次いでいる日本において、年功序列制度における格差はどんどん広がりを見せている。少ない若者には十分にお金が行きわたらず、たくさんいる老人がお金を大量に持っている。少子高齢化により若者に行くお金はどんどん少なくなり、逆に高齢者に行くお金がどんどん多くなってしまっている。その結果生まれているのが人件費の高騰だ。人件費の高騰の原因である高齢者の数を減らせればいいのだが、現在の日本では逆に高齢者をどんどん仕事に就くことを推奨している始末だ。これではどんどん高齢者と若者の格差が広がるようになってしまう。年功序列制度による格差の広がりによって生じているのが、晩婚化や未婚の増加だと私は考えている。つまり高齢者が多数いる状況での年功序列制度というのは、日本社会の基準をどんどん老化させてしまうのである。人だけでなく社会全体が高齢化しているということなのだ。高齢になった人間は最終的にどうなる?何もできないでただ死を待つだけになってしまう。同じことが社会にも言えるとしたら?社会の高齢化というのは、その国が何もできないで死に向かってしまうことを意味している。あらゆる面から、今この状況に日本はなっていると考えている。まだそこまで深刻ではないかもしれないが、確実に一歩ずつ国としての老衰に歩みを向けているのは間違いないだろう。

 まとめると、年功序列制度は現在の日本に世代間格差をもたらしているだけでなく、超高齢化によって社会全体の高齢化をももたらしているということなのである。

・特殊詐欺の横行は年功序列制度が生み出した!?

 この世代間格差の広がりの結果、最近とある事件が増えていると私は考えている。それは高齢者を狙った詐欺だ。平成27年におけるいわゆる特殊詐欺の被害額は476.8億円に上っているとのことであり、このうち65歳以上の高齢者が占める割合が全体の76.7%を占めている。見方を変えると476.8億円のうちの76.7%の額を高齢者は持っていたということになる。実際、高齢者は確かにお金を持っている。高齢者の詐欺の被害額が何百万、何千万単位に上っていることはよく目にするはずだ。高齢が故の判断力の低下から狙われやすいという以前に、単純にお金を持っているから高齢者が狙われているのである。

 当たり前の事を考えよう。どうして高齢者はそんなに大量のお金を持っているのか?それは単純明快に今までそれだけのお金を稼いできたから。つまり年功序列制度により年を取ると共にどんどんお金をもらって、退職しても退職金や年金といったものでお金がたくさんもらえる。つまり今の日本の社会制度の下で、高齢者は大量のお金を持っているということなのである。その結果横行しているのが、現在の日本の社会制度の下で大量のお金を持っている高齢者を狙った特殊詐欺なのだと私は考えている。つまり今現在特殊詐欺が横行しているのは、年功序列制度で進んできた結果というわけなのである。

 とはいえ、この特殊詐欺というのは21世紀になってから頻繁に見られるようになったものだ。一応特殊詐欺もとい振り込め詐欺自体は21世紀以前にも見られていたがここまで爆発的に広がったのは21世紀になってからである。一説には報道で手口が広まったことにより模倣犯が急増したと言われている。実際に詐欺を増長させていると思われる報道(手口をテレビで流す→真似する人間が増加、対策をテレビで流す→対策対策が行われるのでテレビで流した対策が無意味になる、など)は公共放送でも行われているので、報道によって振り込め詐欺が広まったのは間違いない。だが未だに詐欺が沈静化しないどころかより発展していっている現状を考えると、報道以外の何かが働いていることは間違いない。その何かとは、私は格差だと思っている。実際に詐欺グループの多くには若い世代が目立つし、受け子や出し子と呼ばれる実際の金銭授受を行う者には未成年者がいたりする。格差が生まれている状況において、貧困層富裕層から奪取しようと考えるのは世界でも見られる当然の行為である。今日本で詐欺が横行しているのは、世代間ごとの格差を生み出した年功序列制度が悪いと言われても筋が通ってしまうのである。これを私たちは認識しておく必要があるだろう。

・賃金上昇を妨げている年功序列制度

 先ほど高齢化により人件費が高騰していると述べた。それは年齢とともに賃金が上昇するという年功序列制度の特徴から引き起こされているものでもある。上に回すお金が多くなってしまうということは、下に回すお金が少なくなってしまうということ。つまり低賃金の若い世代の労働者が増加しているということだ。言ってしまえば、今の年功序列制度は若い世代の賃金上昇を妨げているとも取れるのである。とはいえ賃金上昇に関してはこちらの文章でも記載した通り、特に外国人株主の配当金に持っていかれて賃金上昇ができなくなっているので、まずはこの問題をどうにかするのが第一と思われる。が、外国人株主の問題が解決したとして、結局年功序列制度のままでは若い世代に渡るお金は少ないままだ。結局の所、年功序列制度の仕組みを変えない限りは格差はどうやっても解消することはできず、若い世代は早期に家庭を持ったり結婚したりすることが困難になるから、社会全体としての高齢化が進んでしまうというわけである。で、高齢化が進んで年功序列制度に伴う人件費も高騰してしまうことにより、基本となるベースアップがそもそもできなくなっているのが今の日本企業の現状であろう。つまり少子高齢化社会と年功序列制度の組み合わせが従業員の賃金上昇を妨げてしまっているということなのである。

年功序列制度と成果主義しか選択肢がないのか?

 以上の事から、これからの日本社会において年功序列制度はもはや限界を迎えていると私は考えている。その限界を迎えた年功序列制度に代わる形で出てきたのが成果主義だ。だがこの成果主義にも問題はあり、結局仕事ができなければ給与が上がることもなければ昇進することもないということだ。人間というのはどんなに頑張っても能力の優劣というのは必ず出てしまうものだと私は考えている。細かく見るとその優劣の差というのは、実はそんなに大きくない。だが現代社会における人間能力の優劣の差は大きくなっていると私は感じている。特に日本社会においては。なので、成果主義を導入した場合は能力至上主義になってしまい、人の能力という生まれつきのもので待遇が決まってしまう社会になりかねないと私は危険視している。それはかつての貴族平民社会が形を変えて生まれ変わったものだと私は考えている。だから私は成果主義というのも信用できなかったりする。

 年功序列制度は駄目で成果主義も駄目。じゃあどうすればいいのかと思うかもしれない。が、ここで私は最初の方で述べた疑問を投げかけたいと思う。そもそも年功序列制度と成果主義の二択しか雇用形態が存在しないのか?年功序列制度の問題点を克服するために生まれたのが成果主義であるが、そもそも成果主義以外の雇用形態だってあるはずだ。一番いいのは人によって年功序列成果主義とで臨機応変に対応できることだと私は考える。明らかに能力がないとわかっている人に関しては勤務日数等で昇給をしてやり、能力がある人は成果によって昇給するといった社員ごとに柔軟な対応をしてやれば、格差も少なくなるだろうし優劣の差だって少なくなるはずだ。つまり年功序列制度とか成果主義とかいう特定の考え方にとらわれないで、社長等責任者の裁量次第で昇給昇進を柔軟に決めればよいのではないかということだ。どうしてこういうことが今の日本企業にできないのだろうか?特定の概念にとらわれて昇給昇進を決めるというのは、悪く言えば何も考えることができないと言っているに等しいのではないかと私は考える。

・柔軟な給与対応ができないのは、詰め込み教育のせい?

 少し考えれば年功序列成果主義といった特定の考えだけでの昇給昇進裁定はおかしいことに気が付くはずだ。どうして日本企業は臨機応変な社員対応ができないのか?それは恐らく詰め込み教育によって考えることを怠ってきたことが原因だと考えている。詰め込み教育関連に関してはこちらの文章も参照してほしい。詰め込み教育というのは知識を詰め込むだけで考えることを放棄した教育だ。故に柔軟な発想ができないから、1か10、善か悪かの二元論でしか考えることができないのである。そして考えることができないから、社会が制定したものを何も考えずに横並びに従ってしまうのである。つまり詰め込み教育で思考力を養ってこなかった結果、年功序列制度か成果主義かの二極でしか考えることができなくなっているというわけである。

 とはいえ、年功序列制度が生まれた背景は高度経済成長でお金はあるけど人が足りない状況があったから。つまり時代が年功序列制度を生み出したということなのだが、時代が進むにつれてその年功序列制度に弊害が生じてきた。その結果生まれたのが成果主義であるが、その成果主義年功序列のデメリット解消だけを考えて生み出されたものでしかない。つまり年功序列の正反対のものを生み出しただけなのであり、年功序列の良い面を残しながら悪い面を解決するなどといった柔軟な発想による雇用形態の確立ができないということなのである。結果として、年功序列成果主義かの二択だけしか考えることができないでいて、それにより生まれているのが企業ごと能力ごとに区別されてしまっている階級社会だ。良い企業に就かなければ、能力がなければ決して豊かにはならない新しい階級社会が日本に生まれてしまっているのである。つまり今日本社会が未来のない社会になってしまっているのは、自虐史観の下で詰め込み教育を行い考えることを放棄してきた、ゆとり世代以前の人間のせいなのである。さすがに言いすぎだとは自分でも承知しているが実際の企業形態などを見てみても、世代云々抜きにしても、非常に低レベルな雇用形態が横行しているのは確かであろう。

 大事なのは現実をしっかりと認識して、現実を変えるにはどうすればいいのかを頭を柔らかくして考えることだ。今の日本人は基本的に二元論でしか考えられない民族なので、頭が鋼のように硬いかチーズのようにとろけてしまっているかのどちらかが多数派であると思われる。10か0か、右か左かでしか考えられない今の日本人の思考力はもうなくすべきだと私は考えている。それがそのまま雇用形態にも繋がって、今の日本社会を形成していると私は考えている。つまり年功序列制度か成果主義かの二択をやめない限り、日本社会は決して良くならないということだ。まあどういう意見があろうが、結局年功序列制度で歩んできた結果が今の日本社会だという現実は認識しておくべきであろう。

・まとめ

 今回の文章をまとめる。年功序列制度は少子高齢化が進む現代社会において限界を迎えつつある。少子高齢化のおかげで世代間の格差はどんどん広がりを見せている。その結果発生しているのが特殊詐欺。そして高齢者が従業員の大半を占めているから人件費が高騰して、そもそものベースアップができなくなっている。結果若い世代はどんどんお金がもらえなくなり、高齢者はどんどんお金がもらえるという負の循環に陥ってしまっていると考えている。

 で、そんな状況を変えるために導入された成果主義は結局成果次第というわけなので、能力至上主義を生み出す可能性がある。そもそも年功序列制度か成果主義かの二択しか存在しない状態自体がおかしいと私は考えている。どうして年功序列制度か成果主義かの二択しか選べないのかといえば、詰め込み教育により考えることを放棄してきたから。この社会全体の思考状態を変えない限り日本社会は決して良くならないと私は考えている。

・最後に

 以上で今回の文章を終わりにする。今回の文章を通して伝えたかったことは、当たり前の事を考えるということだ。最終的に経済というよりも日本の社会構造についての文章になってしまったかもしれない。だが社会と経済というのは密接にかかわっている。景気が悪くなれば社会は荒廃し、景気がよくなると社会は豊かになる。それだけ経済と社会は密接に関係するようになってしまっていると私は考える。本当は経済次第で社会が左右されるというのはやめた方がいいのだが、それは置いておいて、国の経済の実態を分析することは同時にその社会の本当の姿というのも分析することになるのだ。私の一連の「日本の経済」の文章はまさにそんな文章だ。

 今回の文章は年功序列制度について述べたものであり、私は今の状態の年功序列制度はやめた方がいいと考えている。だからといって成果主義というのも私は反対だ。私一個人の事はどうでもよくて、単純に成果主義は能力のない人が不遇になってしまう。能力の有無で全てが決まる社会が正しい社会なわけがない。じゃあどうすればいいのかといえば、特定の概念にとらわれるのではなく人によって待遇を決めるべきと言いたいのだ。「年功序列制度」とか「成果主義」とか特定の物に囚われないで、単純に長所を見つけてその人を評価して人事を決めればいいということだ。私の考えが絶対的に正しいとは言えないが、少なくとも今のままでは永遠に日本の景気は回復しないままだし、日本の未来に希望を持てないままなのは間違いないだろう。日本の景気を回復するためにはどういう雇用形態にすればいいのか。日本の未来を守るためにはどういう社会にすればいいのか。これを今回の文章から考えるようになってくれたら幸いである。

 

 なお、次の日本の経済カテゴリーの文章に関しては未定です。ひとまず今回で一時中断ということで、ご了承ください。