D.S.~ダルセーニョ~のブログ(仮)

自分で勝手に考えたことを色々書いています

待機児童問題の根っこを説く~待機児童問題は「日本人」のせい~

 ・初めに

 この文章は待機児童問題に関する私個人の考え方をまとめたものです。いつものように陰謀等が凄いですがご了承ください。

・待機児童問題の根本を説く

 今回の文章は、待機児童問題に関する個人的な考えをまとめる。

 そもそも待機児童問題とは何なのかといえば、保育所等の学童保育施設に入所申請をしているのにもかかわらず、施設が足りなかったり定員オーバーしたりして保育施設に預けられなくなっていることを言う。そもそも保育所とは何かといえば、何らかの理由で保護者が保育できない状況であるときに代わりに子供を預かって面倒を見てくれる施設のことをいう。何らかの理由の大多数に当てはまるのは仕事だろう。幼稚園との違いは何なのかといえば、入所できる年齢が保育園の場合は0歳から、幼稚園の場合は3歳からとなっているなどの違いがある。が、一番大きな違いは幼稚園は教育施設なのに対し、保育園は児童福祉施設なのだということであろう。要は保育園は長時間子供の面倒を見ていられない保護者のための受け入れ施設なのだということである。その保育園に子供を預けられることができなくなっていることを待機児童問題と呼んでいるのである。

---シングルマザーの子育ては困難なもの

 保育施設に預ける家庭が急増しているのは子育てのためのお金を稼がなければならないから。共働きで稼いでいる世帯も少なくないので、そうした世帯に対しては救済策が望まれている。だが中にはシングルマザー、つまり母親一人の家庭だから子供の面倒を見れない家庭だってある。母親一人で子供を養っていくには当然ながら働かなくてはならず、子供の面倒を見ることがそもそも無理だから保育施設に預けている家庭も多いだろう。

 だが子育ての基本原則は父親と母親の両方の協力があってこそだ。動物の世界においても父と母が重要なことは言わずもがなだろう(まあ野生動物の世界には子供一人で生きていかなければならないものも存在するが)。父と母だけでの子育てではきつい面があるので、子育て補助のために周りの力、例えば友人や祖父母などの家族、地域の人々など多くの人々の手を借りて子育てというのは行われていくのである。その周りの力の一つに幼稚園や保育園が収まっていたはずだ。つまり多くの人々と一緒に子供を育てていったのが、今までの子育てなのであり、母親だけというたった一人での子育てなんてそもそも無理に近いものなのである。なぜ母一人で子供を育てなければならない?他に誰か頼れる人はいないのか?そもそも父親はどうした?

---シングルマザーは被害者なのか?

 今日本社会ではシングルマザーの人が増えておりその人が様々な問題を抱えているみたいだが、そもそもシングルマザーになる方が問題なのではないのかと思わないだろうか?むろん夫が死んでしまった等の理由からシングルマザーになってしまった人もいるとは思うだろうが、その人は周りの補助を受けようとは思わないのだろうか?(特に他の家族。まあ親しい人々と死別して、頼れる人が本当にゼロだったらどうしようもないが)。周りの人もシングルマザーを支えようとはしないのだろうか?(シングルマザー本人が拒否する可能性もあるが、だとしたらそれはもう本人が悪いとしか言いようがないだろう)。シングルマザーに対する救済を施そうにも本人が救済の手を断ったり、そもそも自業自得の自分達の身勝手で勝手に子供を作っておきながらシングルマザーを選んでいる者だっている。シングルマザーは社会の被害者として見るのではなく、まず自分達に問題はなかったのだろうかと胸に手を当てて考えてもらいたい。またそんなシングルマザーを支えようとしない地域社会にも原因があるだろう。

 ---今の日本社会、日本人が待機児童問題を生み出している

 まとめると、大まかには日本社会の歩みが待機児童問題を引き起こしたということなのだが、その根っこには子育てをするための基本的な地域社会が壊れてしまっていることが挙げられる。みんなで一丸となって子供を育てていくという概念が薄れてしまっているのである。どうしてそうなってしまったのかといえば、核家族化や自分の事しか考えない人が増えたことで、単純に地域社会のコミュニケーション能力が薄れてしまっていることが原因だろう。よく日本人の大半はコミュニケーション不足だなんて皮肉が言われることがあるが、その皮肉は実際に地域社会で子育てができていないことから証明できてしまうのである。つまり待機児童問題は決して国や自治体といったお偉いさんだけに責任があるのではなく、その地域・コミュニティに住む者たちにも原因があるということだ。シングルマザー本人にも問題があるかもしれないし、自分は無関係を貫いている地域住民にも問題がある。待機児童問題はいわば日本人のせいで起こっている問題なのである。

・真の根源はやっぱりマスメディア?

 待機児童問題には日本社会がコミュニケーション能力の希薄な社会になってしまったことから生まれてしまった問題だという側面はあるだろう。ではそもそもなぜ日本人はコミュニケーション能力がなくなってしまったのか?これに関しては明確な理由はわからないだろう。だが日本社会の真実の姿を垣間見ることで、ヒントは見えてくるのではないだろうか?私は再三日本社会の真実の姿はマスメディアに支配された社会だと述べてきた。日本がメディアに支配された社会だと仮定すれば、日本社会からコミュニケーション能力がなくなった原因がわかるかもしれないと思っている。

---マスメディアに支配されている日本は考える力が失われている

 まずマスメディアに支配された社会というのはいわばマスメディアを疑うことなく信じ、メディアの報道には何でも従ってしまう洗脳されてしまった社会だということ。つまり考える力がなくなっているということだ。実際に特に最近の日本は何も考えずにメディアのオウム返しのように批判ばかりする人間が多くなっている。この思考の欠如はメディアに洗脳された社会だから故に起こっていると私は考えている。思考が欠如されているのだからどうやって人間と接すればいいのかわからなくなっているのだろう

 また日本人の基本的な性善性から相手の本心はどうなっているんだろうと知りたがると同時に、相手に不快にさせないように気を配るようになってしまう。この現代日本人の特徴は恐らくマスメディアを中心としたみんな仲良くの精神から培われてきたものだと考えている。要は今の日本社会がこうなってしまったのはメディア報道に洗脳されていることが大きいのではないかと考えているということだ。

---シングルマザーはマスメディアによって作られている?

 証拠というわけではないが、よくよく考えてみてほしい。待機児童問題は何が初めに伝えた?マスメディアだろう?更に言えば、シングルマザーという造語を生み出したのは誰だ?マスメディアだろう?そしてそのマスメディアはシングルマザーを擁護する報道を日夜繰り返しているだろう。なぜシングルマザーが生まれてしまうのか?それには様々な背景があるかもしれないが、大抵は夫と離婚してシングルマザーになる人が多いだろう。なぜ離婚してシングルマザーになる人が多いのか?それだけ夫が気に入らないのか、夫に完璧を求めるのか、と疑問に思ったことはないだろうか?

 夫婦とは一体何なのか?一番いい例はクレヨンしんちゃんの野原ひろしとみさえだろう。アニメの話ではあるが、彼らはいつも喧嘩ばかりしているが離婚することなく幸せな家庭を築いている。今のこのご時世、ひろしやみさえのような夫婦は存在しているのだろうか?

 話を元に戻すと、つまらない理由で離婚してシングルマザーになっている人は大勢いるだろう。なぜそんなに離婚したがるのか?実はその背景にマスメディアの特にテレビ番組が絡んでいると私は考える。私は覚えている。一時期離婚することがステータス、かっこいいことのように伝えているバラエティー番組があったことを。×がいくつあることをさぞ自慢のように言っている女性タレントがいるが、それ即ち永遠の愛を何回も放棄していることにならないだろうか?まさに愛が薄い、というか愛を侮辱しているかのようなものだと私は考えている。そんな彼女たちに影響を受けた人々が離婚してシングルマザーになっているという現実はないだろうか?メディアに支配された日本社会なのだから、芸能人の離婚話をかっこいいと真に受けて離婚する家庭は数多く存在するのではないか?その結果が待機児童問題という可能性はゼロではない。少なくとも今日の日本社会が離婚ばかりになってしまっている背景には、テレビが何も考えない害悪な番組を作ってしまっているのも一因だと私は考えている。そしてその多くの離婚によりシングルマザーが発生して、その結果待機児童問題が発生しているのだとしたら?待機児童問題の真の根っこは日本社会を歪ませた日本のテレビである可能性が浮上してしまうのである。

・都市部で増加している待機児童問題
 待機児童問題の根源を説明した。では具体的にどう解決すればいいのか?そのヒントになっているのは待機児童が多い地域にある。

http://www.huffingtonpost.jp/2015/09/29/list-for-nursery-schools_n_8212136.html

 こちらは2015年に厚生労働省が発表した待機児童の多い市区町村をランキング化したものである。全体的に見てみると、都市部での待機児童が多いことがわかるだろう(なぜか沖縄の待機児童が多いが、これには様々な憶測をつけることができるのでここでは省略する)。そう待機児童は都市部で多いのである。

 先ほどの話と絡めると都市部の人間のコミュニケーション能力が低いから待機児童が増えていると考えることができる。実際に都市部の人間は選挙を見てもテレビに心酔していることがわかるし、今の日本社会を見ても都市部の人間のコミュニケーション能力が低くなっているのは間違いないだろう。だがそれだけで都市部に待機児童が多いことの理由にはならない。そもそも憶測だしな。都市部に待機児童が多いのは、単純に都市部に住む人間が多いからなのだと私は考えている。つまり都市部に住む子持ち家庭が多いから待機児童が発生しているということなのだ。ちょっと考えればわかる当たり前のことだが、その当たり前がやはり根源であるというわけである。都市部に住んでいる人が多くてそもそもの保育園で預かれる限界数以上の子供がいるから、溢れている。これが都市部で待機児童が増えている原因だろう。

---保育園を作れなくなっている都市部

 だったら保育園を作ればいいのではないかと思うかもしれないが、実は今の現代社会では都市部で保育園を作ることに反対している人が多いのだ。理由は子供の声がうるさいなどという非常に身勝手なものだ。恐らく夜勤などで昼間寝ているから子供の声がうるさいのだと言っているのだと思うが、それで文句を言う前にまず夜勤をやめろと言いたい。今の日本社会は夜勤が恒常化しているが、その夜勤のせいで保育園が作れなくなっている事を考えると、待機児童問題はまさに日本社会の歩みのせいだと言えるだろう。日本社会の本当の根っこ、金目当てに人間社会の基本的な生活を壊していることには蓋をして自分が気に入らないという理由で保育園を作らせないのだから、まさに待機児童問題は日本人全員のせいだと言えるだろう。

 だがそもそも都市部に多くの人間が住んでいることが待機児童問題の根っこだ。そんなところに保育施設を作ったところで根本的な解決にはならない。そもそも場所も十分に確保できないだろうし、狭い場所で育てることは子供の発育にもよくない。

---近年子供の発育が悪くなっているのは、都市部で生活しているから?

 余談になるが、最近子供の特に運動面での発育が良くないことがデータとして出ているが、それは狭い都市部で生活しているからなのではないかと考えている。近代化が進むにつれてどんどんと建物が建設され広い場所がなくなってしまう。広い場所がなくなればなくなるほど子供が十分に遊べる範囲が狭くなってしまう。今の都市は子供が満足に体を動かせる環境ではなくなっているのだ。それに追い打ちをかけるように子供の遊び場である公園をどんどんなくしている。理由は子供に怪我をさせないためだからだそうだ。子供にけがをさせたくないという親の過保護さが子供の活動範囲を狭めてしまい、結果子どもが満足に発育できなくなってしまっているのだ。それがデータとして出ているということだ。

 また特に都市部の通学等には電車を用いた通学もあるだろう。バス通学もあるだろうし、親が車で毎日送り迎えをしているところだってあるだろう。昔のように歩いて通学している児童の数は今の都市部では減っているのではないか?そもそも歩かせない親もいるだろう。なぜならば誘拐されてしまう危険性が今の日本社会に存在してしまっているからだ。こういう様々な要因から子供は日頃から歩かなくなってしまっている。だから子供の運動量がどんどん低下して、発育が良くないことがデータに表れているのだと思っている。

 最近組体操で失敗してけがをしたり骨を折ってしまうことが話題になったが、それは組体操が悪いのではなく、子供の発育が十分に追いついていないことで、組体操に耐えられなくなっているからなのではないだろうか?組体操の話題が出た時に、子供の発育について言及していた者はいるのだろうか?私は言及していた)様々な面から特に都市部の子供の発育が大人たちの身勝手によって妨げられている事実は日本人はふたをしないで認識してもらいたい。

 話を元に戻して、正直に述べると様々な面からそもそも都市部で子供を育てることは推奨できないことなのだ。そんな場所に保育施設を作ったとしてもデメリットにしかならない。これからの時代はそもそも都市部に保育施設を作らないほうがいいのだ

・どこに保育施設を作るべきなのか?

 では都市部以外のどこに保育施設を作るべきなのか?答えは単純で都市部以外ということは都市部でない所。つまり田舎である。そして田舎に保育施設を作ることこそが私は待機児童問題解消に最も貢献すると考えている。田舎に保育施設を作ることのメリットはなんだ?まず単純に発育に良い。田舎の広々としたのびのびとした大自然の下での発育は、精神的にも肉体的にも子どもにとって良いものだろう。なんだかこれと似たようなことを述べているが、理論的にはこれと全く一緒、むしろこれの原点である。これには大人の精神的・肉体的な健康が謳われているが、子どもの頃からこれを行えばより強い人間に育つだろう?原点とはそういうことなのであり、子供の頃から精神的・肉体的に充実した生活を送っていれば、肉体的にも精神的にも生き生きとした大人になれるということなのである。それは農村部に住む元気な高齢者を見ればわかるということは、過去の記事で述べている。よって発育に良いから田舎に保育施設を作るべきなのである。

 第二の理由は騒音問題。田舎の何もない所で子供が思いっきりはしゃげるのだ。誰の迷惑にもならないはずだ。むろん田舎にも夜勤の人はいると思うが、余程近くに保育園が建たない限りは都市部に比べれば音は小さいはずである。田舎なので土地はいくらでもある。住民がうるさく感じない所に保育園を立てれば、少なくとも保育園による騒音問題はなくなるだろう。それでも子供の声がうるさいという者は出てくるだろう。その場合、客観的に見たらその人に責任があるとしか言えなくなるだろう。夜勤で昼間寝ていたいのに子供の声がうるさいと苦情を言うのであれば、子どもに苦情を言う前に夜勤をなくす運動でもしてみたらどうだろうか?それが民主主義というものだ(余談になるが、様々な面から私は夜勤を0に近くすべきだと考えていたりする。やろうとすれば完全になくすこともできるかもしれないが、一応ゼロに近づけるという表現で)。ってかまず耳栓しろ。なので田舎に保育園を作れば都市部に比べれば騒音問題は解決できるだろう。

 第三の理由は、地方創生と過疎化の解消。これに関しては長期的な見立てになり別の文章で詳しく述べることだが、子供が増えれば人が増える。この単純な理屈で地方創生と過疎化の解消につなげられるだろう。

 まとめると様々な面から待機児童問題の解消には田舎に保育施設を作ることが望ましいと考えており、都市部から田舎に子育て家庭を移すことが待機児童問題を解消できると考えているのである。

・まとめ

 ここまでの記述をまとめると、待機児童問題というのはもろもろの理由から都市部で主に発生している問題だ。都市部では子育てのための基本的な地域社会ができていないことや人々のコミュニケーション能力が薄れているという面があるが、一番大きいのは単純に都市部に住む世帯が多いことだろう。そこで田舎に保育施設を作って待機児童世帯を田舎で暮らせば待機児童問題は解決するのではないかと考えているのである。もろもろの理由から田舎で子供を育てることはメリット尽くしなのもポイントだ。

 実際に地方では人がいないことによる過疎化が深刻な状況となっている地域もある。都市部に人が集まりすぎた結果待機児童問題が乱立している一方で、地方の子供の数がどんどん減少している。地方には子供を育てるための環境があるというのに、みんな都会で子供を育てる。その結果待機児童問題が発生している。まさに馬鹿の極みと言わざるを得ないだろう。自分達の事しか考えなかった結果このようになっているのだとしたら、待機児童問題はまさに日本人のせいで起こっている問題なのである。政府や自治体に全ての責任を負わせるものではないという主張はここから来ているのである。日本人の歩みが待機児童問題を生み出したという事実はしっかりと蓋をしないで認識してもらいたい

・今回はここまで

 とりあえず今回の文章はここまでとしておこう。今回の文章で伝えたかったことは、待機児童問題はこのままの日本社会のまま歩み続けても絶対に解決できないものだということだ。まずは国や自治体のせいにするのではなく自分達に問題はないのかを考えてもらいたい。特に親御さんは自分の自意識過剰な態度が勝手に自分だけでなく子供たちまでも窮地に追い詰めてはいないかどうかを認識してほしい

 大人たちは子供をどう思っているのか?子供が邪魔のように思う大人が多数派を占めたら、その社会は滅びに向かうだろう。人間社会というのは子供が生まれなければ維持することはできない。これは人間社会だけでなく生命社会の基本中の基本だ。その生命社会の基本を忘れた社会は滅びるしかない。日本を滅ぼす滅ぼさないは日本人次第なのだということを今一度認識してほしい。

 その上で具体的に待機児童問題を解消する案というのも提唱した。それは田舎に保育園を作り、待機児童世帯を田舎に移すということである。あくまでも一個人の考えに過ぎないが、これ以外に「今の日本社会」で待機児童問題を解決できる抜本的な案があるというのなら、是非出してほしい。

 私は田舎に保育園を作って待機児童世帯を移住させることが待機児童問題を手早く解消できる案だと思っている。だが移住させるだけじゃ駄目だ。移住してその土地で何の不自由なく暮らすことができなければ意味はない。後の文章で具体的に待機児童世帯が不自由なく暮らせるようにするにはどうすればいいのかについて述べたいと思う。そして待機児童世帯が不自由なく暮らせるようになることが、地方創生と過疎化を解消できることを説きたいと思う。

 

 以上です。ご拝読ありがとうございました!