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D.S.~ダルセーニョ~のブログ(仮)

自分で勝手に考えたことを色々書いています

農業復活・待機児童・地方創生・過疎化の四つを解決する案①農業復活に関して

 

 この文章は一応農業ノススメシリーズの一環です。元々一つの文章で投稿しようと思ったものを分割したものです。一応それぞれ単体でも理解できる内容ではありますが、一応前後のリンクは掲載しておきます。

・四つの問題をいっぺんに解決するためのプラン

 今回は地方農業の復活・待機児童問題・地方創生・過疎化の四つを解消できる私のマニフェストについてご紹介しよう。

 大まかな流れとしては、まず農業復活のための策を講じる。その策によってもしかしたら待機児童問題が解消できる可能性が生じ、更に地方創生にも繋がる可能性がある。で最終的には過疎化が解決し、地方が完全復活するという流れだ。要は地方を復活させるための案であるが、その案が本当にさきにあげた四つの問題を解消できる可能性があるということなのだ。地方を復活させるついでに他の問題も解決できればと思って考えついたのがこれからご紹介するマニフェストである。

 まずは農業の復活について。

・どうやって農業を復活させるのか?

 農業を復活するに当たって重要になってくるのは農家を増やすこと。つまり農業従事者をどうやって増やすのかが一番最初の山場になる。一応以前に提唱した階級別労働者制度(仮)ならば農家が一定数増えることが見込まれる。だが階級別労働者にはどちらかといえば国のインフラ整備を行わせたいので、農業を専門に行う人手が必要だ。その人手を階級別労働者以外でどうやって補うのか?実は考えている。それは、無職を活用するのだ。つまり無就労者に農業をやらせようと考えているのである。非常に単純に考えて、何も職を持たない者に農業をやらせる案はありだ。なぜならば農業という職を与えるのだから。単純に職を与えるという意味でも、無就労者に農業をやらせるのは有意義だと考えている。だが無就労者に職業を与えるなら何も農業でなくていい。なぜ「無就労者」「農業」をやらせるのがいいのか?それを述べたいと思う。

・無就労者にも様々な者がいる

 無就労者に農業をやらせることのメリットを述べる前に、まずは様々な理由から無職になっている人がいるという認識を持つことから始めよう。人が無職になるには理由がある。会社が倒産したから無職になってしまった者、好きなことをずっとしていたいから無職になっている者、勉強のために一時的に無職になっている者、などなど一概に「無職」といっても様々な無職が存在している。その中でも最近増加傾向にあるのが、精神的な疾患を患ってしまった無職の人だ。なぜ精神的疾患を持つ無職が増えているのかについてはこちらの文章を読めば見えてくるものがあるだろう。簡潔に言うのなら現代社会での生活に苦痛を感じることで精神疾患を患ってしまうのだ。その現代社会での生活には当然ながら労働が含まれている、というか労働が生活の大半を占めているだろう。その労働で精神的苦痛を感じてしまったから、無職になっている人が増加しているということなのだろう。

 こういう人達に普通の仕事をしてもらおうと思ってもまず無理だ。人によってはトラウマになっている人だっているのだ。そんな人に普通の企業労働を行わせることはできない。階級別労働者制度(仮)なら無理な労働はさせないのでこういう人達の救済になるかもしれない。が結局の所は箱庭的環境に置かれてしまうので、普通の民間労働に比べればはるかにマシだと思われるが、それでも精神疾患の人には苦痛を与えるかもしれない。特に社会生活のせいで対人恐怖症になってしまった人にとっては、寮生活という集団行動はまさに地獄といってよいだろう精神疾患というのは他人が思っている以上に深刻なものなのである。まずはそこを理解することが特に精神疾患の無就労者を理解する上では必要なことであろう。

精神疾患の治療に農業が役に立つ?

 そんな精神疾患を抱えている無就労者にオススメの職業なのが農業なのである。具体的に私が考えているものを述べると、精神疾患を抱えている無就労者を後継ぎのいない地方の農家に招き入れて農業を行ってもらい、田舎という開放的な空間での生活を行いながら、精神疾患を治療してもらう。これを私は本気で考えていたりする。むろんこれには本人の努力だけでなく周りの人の支えも必要になってくる。最近は高圧的になっている地方の住人も増えているとのことだが(なぜ高圧的な地方の住人が増えているのかなんとなくわかるけど)、地域によるかもしれないが、都市部に比べれば地方の人達の方が温かい。生活環境に関しても閉塞的な都会よりかは開放的な田舎の方が精神疾患の患者にとっては少しは楽になるだろう。そんな環境と人の温かさに支えられながら農業に取り組むことは、少なくとも家に引きこもって精神病を克服するよりかははるかに治療に役に立つと考えている。他の仕事と違って農業は自由な時間を作りやすいというのもポイントだ。ライフスタイルから説明する農業の文章にも書いたが、自由な時間を与えて自分の好きなことを好きなだけやらせることが精神疾患の治療には一番効果的なのだ。以上の事から、私は精神疾患を持っている人の治療は下手に病院で受診させるよりも、暖かなコミュニティで生活させる方がはるかに良いのではないかと考えている。その暖かなコミュニティの代表例が地方の農村部であり、そこで精神疾患の治療を行えばコストもかからないし、農家にとっても後継ぎが生まれてくれるのだから良いこと尽くしになるだろう。

---当事者が語る精神疾患

 ここからは余談を一つ語りたいと思う。余談なので飛ばしてもいいですよ。

 私は精神疾患というのは大半が気のせいなのではないかと思っている。実は私も以前不眠症という名の精神疾患を患ったことがある。当時の私は大学一年目で一人暮らしを始めた所であり、一人暮らしの環境の変化から不眠症になったのだと思い込み、かなり苦悩していた。そんなときに起こったとある出来事から実家で長い間過ごしたことにより、いつの間にか不眠症が治ってしまいその後も不眠症の症状が現れることはなく一人暮らしを普通に終えることができたのである。その出来事とはあの東日本大震災である。ちょうど東日本大震災が起こる前に実家に帰省しており、当時は通院していて病院に行かなければいけないから向こうに戻ろうとした時に、東日本大震災が起こったのである。東日本大震災のおかげで実家での生活を余儀なくされた私だったが、その結果不眠症が治ってしまった。あとで一人暮らしをした時に不眠症になった理由がわかったが、もしもあの時東日本大震災が起きていなければ、もしかしたら私は大学時代はずっと不眠症で悩まされ、最悪の事態にまで発展していたかもしれない。東日本大震災で多くの方が命を落とされたのは確かなのでこんなことは言いたくないが、はっきり言ってしまうと、私は東日本大震災で命を救われた(おそらく)唯一の人間なのである。言葉に表すことのできない不思議な感覚が今でも残っている。

 でなんで不眠症になったのかというと、物凄く答えが単純でロフトという閉鎖的空間で就寝していたのが原因だったのだ。つまり特別な治療などは一切必要なくただ就寝環境を変えるだけで不眠症が治ったのである。そんな単純なことを当時の私は思いつかなかった。一見軽い症状に見えるかもしれない物でも、当事者にしてみればかなりの重症だったりするのだ。だから私は思いつかないまま無駄に治療をしてしまった。その馬鹿げた過ちを正してくれたのが東日本大震災なのである。

 ここまでで一体何が言いたいのかというと、精神病というのは医療機関にかからなくても何らかのきっかけさえあれば普通に治ってしまうということなのである。むしろ今の日本社会を見るに精神的に追い込ませて医療機関にかからなければ治らないように思いこませて、医療機関にお金を大量に流そうとしている節がある。いわゆる精神疾患ビジネスであり、むろん私一個人の陰謀に過ぎないが、ひょんなことで精神病が治ってしまった私からすれば医療機関を受診している精神病患者は日本社会の掌の上で踊らされている気がしてならない。私は今でも覚えている、膨大な数の薬を受け取っていた精神病患者と思われる人の姿を。あんなにたくさんの薬を投薬することが精神病の正しい治療法なのだろうか?医療機関を受診している精神病患者は今一度自分の病気は本当に医療機関を受診しなければ治らないものなのかを確認してほしい。ひょっとしたらちょっとした出来事で精神病が治ってしまうことだってあるかもしれないからだ。

---話を戻して

 話を元に戻すと、精神病というのは何も特別な医療機関を受診しなくても治療することができるものだと私は考えている。その治療法に最適なのが地方の農村部での農業だと考えている。生活環境は非常に開放的で、農業を行うことで仕事をしているという自信をつけることができ、しかも精神を安定させるための自由時間だって設けることができる。

 あと、農業の大きなポイントに全身運動というのがある。実は運動と精神疾患は関連があるという噂があり、実際に体を動かしたらこころのもやもやがすっきりした経験のある人は大勢いると思われる。つまり農業という全身運動が心のもやもやを晴らしてくれる可能性があるので、精神疾患の治療に良いかもしれないということなのである。

 以上の事から様々な面で精神病の特に無就労者にこそ農業をやらせるべきだと考えている。むろん精神病で無職になっている人だけではない。その他の無就労者にも農業はオススメだ。特におすすめなのが様々な面から今の日本社会の労働形態に疑問を感じていて、働かなくなっている無就労者だ。これに関してはフリーターも当てはまるだろう。農業というのは様々な面から他の職業とは一線を画す職業である。その職業でも十分生活できるように国が整備してあげたら、恐らく農業は他の職業とは異なった、特別な魅力を持つ職業になるだろう。そんな農業が現代社会に疲れた者たちの受け皿になることを私は目指している。だから私は農業が日本社会を変えると主張し、実際に農業で日本社会を変えるためのプランを考えだしたのである。

・無職に農業をやらせることの危険性

 だが無職に農業をやらせるのにはいくつかの問題が考えられる。まずは当事者の無就労者が農業をしっかりとやってくれるかどうかだ。無就労者の農家の派遣に関してはなるべく強制力を行使しない方針で考えているので、具体的にどの農家に派遣してもらうかについては本人の意思を尊重する形となる。むろん農家側にも派遣される無就労者を選ばせることも考えている(農家側に関してはどの無就労者も関係ないと思われるので選ばせるかどうかは実はまだ決めてなかったりする)。あくまでも無就労者の意思を尊重する方針にするので、無就労者本人がやる気になってくれなければ派遣させる意味がない。

 また無職の中にはいわゆる犯罪者予備軍と言われる危険な人も一定数いるのが事実だ。実際に犯罪を犯す人には無職が多いし(これには犯罪を犯した人を会社が解雇して無職にすることで、報道で社のイメージを損なわないようにしているから無職が多いという噂がある会社名出さないように報道すればいいだけの話なんだがな)、インターネットで暴力的な書き込み等をしている者にも無職が多いという。そういう人達を農家に何の監視もつけないで派遣させるのは危険かもしれない。実際に私はもしも無職を強制的に農家に派遣させるようにしたら、100%殺人事件が起こると思っている。それも八つ墓村(というかモデルとなった津山33人殺人事件)のような凄惨な事件が起こると考えている。こういう危険性があるので無職全員を農家に派遣させるのは危険かもしれない。派遣させる無職は調査によって危険性があまり少ないことが確認できた無職を派遣させるべきかもしれない。危険性の高い無職は国の機関で更生を受けてから派遣させるとか。今ならパソコンの書き込みで危険かそうでないかの無職を見極めることができると思うので、無職の選別はやろうとすればできるだろう。PCの書き込みの閲覧を拒否したり、履歴が削除されてたりしたら強制更生で(履歴を簡単に復活できる処置があったと思われるが)。履歴等の閲覧で犯罪がわかったら、そのまま階級別労働者にすればOKだし。

 また派遣される側にも問題が生じる可能性がある。派遣した無就労者を差別したりして迫害する可能性は出てくるだろう。迫害しないにしてもコミュニケーションの面で弊害が出てくる可能性がある。無就労者本人にやる気があっても受け入れる側が心を開いてくれなければ意味はない(特に精神病の無就労者に対して)。無就労者の農家派遣は無就労者本人と受け入れる側の共存がなければ成り立たないことなのである。

 

 だが無就労者に農業をやらせることはメリットだらけなのは間違いないだろう。何よりも農家の後継者不足が解消できる点が一番大きい。後継者という観点から見た場合、農家に派遣させる無就労者は若い世代が好ましい。その若い世代の無就労者、いわゆるニート(15歳から34歳)は今どのくらいいるのかというと、約56万人とのことだ。この56万人全員が農家になったらどうなるだろうか?全員を農家にするつもりはないが、それでも一気に農家が増えることになるので、間違いなく農業は復活するし食料自給率も上がるだろう。なので無就労者に農業をやらせるのは決して間違いではなく、むしろやるべきことだと私は考えている。その取り組みに強制力を行使させるか否かは実際にやってみてから判断すべきだろう。

 ・今回はここまで

 今回はここまで。農業の復活についてだけでもここまで書いてしまったので、分割せざるを得なくなった。次の文章にも通用する今回の農業改革案を改めてまとめると、

・無就労者を農家に派遣させて農家の後継者になってもらう。

・特に精神病で普通の仕事には付けなくなっている人には、地方独特の環境からも治療に役立つのではないかと考えている。

・ただしこの案が円滑に進むためには当人たちの努力が重要になってくる。

・危険と思われる無就労者に関しては国による判別を行うのが良いか

・無就労者に限らず今の日本社会に疲れた者たち全般の受け皿としても考えていたりする。

こんな感じになるだろうか。次の文章でもこの無就労者農家派遣プランは重要になってくる。というかこれに色づけして待機児童問題と地方創生と過疎化の解消を目指すのだがな。

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