D.S.~ダルセーニョ~のブログ(仮)

自分で勝手に考えたことを色々書いています

舛添問題の解決策+α~舛添問題が起こった本当の原因~

・初めに

 この文章は元々一つで投稿しようと思っていたものを、分割したものです。こちらは後編になります。前編はこちら

 前編からの後編の今回は具体的にどうすれば舛添問題を解決できるのか、また舛添問題に絡んだ国政の動きについても述べます。

 

・舛添問題はどうすれば解決するのか

 こうなってしまった舛添問題、並びに東京都はどうすればいいのだろうか?まずどうしてこうなってしまったのかを考えると、根幹にあるのは東京都民の政治への無関心さだ。東京都民が民主主義国家の一員としての基本的な義務を果たさず、政治に対する無関心さを貫いてしまったから、舛添問題が起こってしまったのである。ということは、東京都民が政治に関心を寄せていれば少なくともここまでひどい問題にはならなかったのではないだろうか?色々理由をつけてあれこれ述べているが、元をたどれば都民に原因がある問題なのである。なので、今からでも遅くないから都民が政治に関心を持ち、都民による訴え(リコール)により舛添要一都知事をやめさせるのだ。そして第二の舛添要一が生まれないよう都民がきちんと都政に関心を持ち、都政を監視することが大事だ。これが舛添問題、並びに民主主義が死んでしまった東京都が復活する唯一の方法であろう。

 民主主義の基本原理は民の意見による政治。その国、その街をどうするかは民次第。良くするのも悪くするのも民次第。それが民主主義なのである。今の東京都がこんなことになってしまったのは、都民がそういう東京を望んだからなってしまった。舛添問題が起こってしまったのは、都民が舛添要一を都知事にしてしまったから。民主主義の基本原理に基づけば、根本の原因は都民なのである。だから真に反省すべきは都民であり、自分達の政治の無関心さが引き起こした問題の責任を取りたいと思うのなら、自分達の手で舛添要一を辞めさせるべきである。自分達の責任から逃れて、推薦した自民公明党や追及の甘い都議会とマスメディア・弁護士、更に舛添要一本人(まあこいつに関してはこいつが100%悪いが、選んだ責任は負うべきだろう)に責任転嫁しようとする。その有様はまるですぐに日本のせいにする韓国人のようだ。だから東京都民はトンキン人と言われてしまうのだと私は考えている。そんなトンキン人の長がねずみ男なんてまさにピッタリじゃないかというブラックジョーク。トンキントンキン言われたくないのなら、果たすべき責任をしっかりと果たして舛添要一を辞めさせましょう。それは無理ではありません。都民がその気になれば必ずできますから

・今舛添を辞めさせたら困る?

 とまああらゆる面から辞任が求められる舛添都知事だが、実は今すぐに辞めさせるのも困りものという意見がある。それは今すぐ辞めさせた場合、4年後の東京五輪期間中に東京都知事選挙が行われる可能性があるから。五輪の開催期間中に都知事の選挙というのも世界に恥をさらすものではないかという意見から、今すぐに舛添要一を辞めさせるべきではないという意見があるとのことだ。まあ日本を貶めたいマスメディアは賛成しそうだがな。そしてこの意見、恐らく今の安倍政権はこの考えを持っているだろう。だから自公の舛添に対する追及が甘いのだと考えている。

 ではいつ辞めさせるのか?ポイントは東京五輪に被るのが困りものだということ。逆に言えば、東京五輪が終わる時期に合わせて舛添を辞めさせれば、五輪開催中に選挙という醜態を世界にさらさなくて済むことになる。よって舛添を辞任に追い込むのなら東京五輪が終わる予定の8月9日以降。五輪後の安定を考えると秋に辞めさせるのが適していると思われる。なので自民党は、今年の早ければ8月後半の秋以降に舛添要一東京都知事をなくす方向性で調整しているのだと思われる。

・秋に衆議院選挙と都知事選挙のダブルを模索している?

 これを裏付ける噂が一つある。それは衆議院選挙だ。本当にまだ噂レベルだが、安倍首相は年内に衆議院を解散することを目論んでいて、その解散時期が早ければ秋になるとの見方がある。あくまでも噂レベルでしかなく、安倍首相本人もまだ衆議院解散については考えていないようである。この間の会見で不敵な笑みこぼしていたけどねえ。しかしながら、秋に解散することを考えると実は今回の参議院選挙の裏が見えてくる。そのことに関して呟いた私のツイートをご紹介しよう。

 あくまでも一個人の考えに過ぎないが、こうして考えると今回参院選単独にした理由も、選挙の争点をアベノミクスだけにした理由も、舛添に対する追及が現段階で甘いのも頷けるのだ。東京五輪に重ならないよう秋に舛添要一を辞めさせるのと同時に、解散総選挙アベノミクス以外の信を問う。これが今の安倍政権が考えているシナリオなのではないかと私は考えている。この先についても私は考えているが、それについては今回は述べない。詳しくはtwitterをフォローしていればいつか呟くだろう。というかもう既に呟いているし。

 このシナリオを安倍政権が考えているから舛添要一に対する特に自公の追及が今は甘いのであり、舛添を今辞めさせるわけにはいかないと考えているのではないかと私は思っている。証拠かどうかはわからないが、現段階(2016年6月9日時点)では安倍内閣は舛添問題について何もコメントしていない。もっともあくまでも私一個人の考えで、実際の政界並びに有識者の意見も噂程度の認識でしかない。舛添要一をどうするのかは都民次第だが、恐らく都民は何もしない事を考えると、本当に裁きを下すのは安倍政権になる可能性が高い。安倍首相が舛添要一をどうしたいのかは安倍首相にしかわからないであろう。

 

 ちなみに実際に衆院選と都知事選をぶつけた場合どうなるのかと言えば、その結果はまだ予測できないが一つだけ確実に言えることは、都民の頭がフリーズすることだろう。誰に投票すればいいのかのまともな判断ができない東京都民は、都知事と衆議員のどちらも知名度の高い人に投票するだろう。結局この選挙も愚衆政治故の知名度選挙になってしまう恐れがある。とはいえ政権も恐らくこのことを理解しており、ぶっちゃけいつ選挙をしようが知名度選挙になってしまう状況なのである。いつ選挙を行っても知名度選挙になってしまうということは、いつ選挙を行ってもいいということ。なので衆院選都知事選挙を重ねようがお構いなしというのが今の政権の考えなのかもしれない。むしろ政権的には地方の方を重視している節があるし。

 まとめると、 

 東京は衆議院も都知事もまともな選挙にならないから適当に済ませたい。→だが今都知事を辞めさせたら五輪に響く。→五輪に響かないように秋に都知事を辞めさせよう。→せっかく選挙やるんだからついでに衆議院も解散しようぜ。→どうせ東京はまともな選挙にならないんだし、地方が大事なんだから選挙の時期はいつでも問題ないでしょ。

 

 というわけで、衆院選と都知事選のダブルにしようとしているのではないかと思っている。日本の首都である東京に対するとんでもない言い草だが、残念ながら事実だろう?違うというのなら次の都知事衆議院関係なく(ひょっとしたら参議院にも通じるかも?)、選挙で知名度の高い人は当選させないでください知名度選挙になってしまっているという愚衆状態の現実を都民はしっかりと認識してください

 ってか東京都に期待していないのならもう首都京都に戻そうぜ。本来の天皇陛下のお住まいは京都なんだし。一極集中から脱するためにもいいと思うんだ。

・結論と新たな懸念

 以上で今回の文章は終わりとする。結論として、舛添問題を解決させるためには都民がリコールをするか安倍政権による裁きかのどちらかになってしまうだろう。前者こそが本来の民主主義のあるべき姿だが、残念ながら東京都の民主主義は死んでしまっているのでもう後者に期待するしかないだろう。

---最後はマスメディア次第になってしまうという懸念

 あとは100%黒だと言える証拠が出てくれば強制逮捕により辞めさせられることができる。この件に関しては前編にも書いたが、前編には書かなかった本当の懸念を書くと、強制逮捕になった場合マスメディアが擁護する懸念がある。確かに問題だったかもしれないが逮捕するのはやりすぎだと安倍政権を批判する可能性がある。舛添要一安倍晋三にはめられた!なんて論調も出てくるかもしれない。そしてそんなメディア報道に釣られた都民が手のひらを返して舛添要一を加害者ではなく被害者扱いし、舛添要一に本来科されるべき罪が軽くなってしまう。この懸念を私は抱いているのである。そんなこと起こるのか?と思うかもしれないが、逆に聞きたい。起こらないと思うか?

 恐らく、舛添問題の終着点の一番の懸念はこれになるだろう。結局最後はマスメディア次第。だがこの懸念がもしも現実となれば、日本がマスメディアに支配されている新たな証拠となる。日本がマスメディアに支配されている証拠に関してはブログにも記載しているが、twitterでもかなり呟いている。なので私のtwitterをフォローしてくれると日本がマスメディアに支配されている証拠物件の数々を知ることができるだろう。良ければフォローしてもらいたい。←宣伝乙

 日本がマスメディアに支配されているという事実が広まれば広まるほど、認識されればされるほど日本は正常な国になると私は考えている。なぜかと言えば日本がマスメディアに支配されたメディア独裁国家だと考えれば、日本にある普通の民主主義国家としてはおかしな部分が全て証明できてしまうからだ。だって民主主義国家じゃないんだもん。そりゃ普通の民主主義国家とは異なったおかしな国になるわな。

 話を戻して、最終的にはメディア次第になってしまうという終着点を回避するためにも、都民による舛添都知事リコールが何よりも求められているのである。結論としては、理想は都民によるリコール現実は安倍政権による裁き懸念はメディアによる間接的な罪の軽減化、という風になるだろう。本当は理想が現実でなければ駄目なんだがな

・舛添問題は後世に語り継ぐべき

 最後に私一個人からある提案をして舛添問題に関する文章を終わりとしよう。その提案とは、舛添問題は民主主義の過ちとして後世に語り継がせるべき。舛添問題が発生した根幹は都民の政治に対する無責任さ。民主国家としての果たすべき義務を放棄した結果どうなるのかのモデルケースに今回の舛添問題は最適だろう。

 少なくとも他の民主主義国家ではこのようなことは未来永劫起こらないと思われる。中国や朝鮮国家が民主化したら起こるかもしれないけど、それ即ち日本人は中国朝鮮人と同じ民族だということの証明になってしまう。だからトンキン人なのよ。同じ民族なんだから仲良くすべきだよなあというブラックジョークが言えてしまうのである中国朝鮮人と同じ民族だと思われたいか?思われたくないのなら私は舛添問題の責任と事実をしっかりと認識し、戒めとして後世に残すべきと私は考えている。あくまでも一個人の考えだが。

 そしてこの後世に残す考えは何も日本だけに限ったことではない。世界一般の民主主義の歴史に刻むべき愚行だと私は考えている。日本を貶めるようなことかもしれないが、慰安婦や南京問題と違ってまごうことなき事実である。事実は事実と認識してそれに対する反省を行い未来に生かしていく。これが未来志向の考え方だと私は考えている。その未来志向の考えを日本こそが行うべきだと考えている。だから舛添問題を後世に残して、後世の人々並びに社会はこんなことを起こさない事を祈る戒めとすべきなのである。歴史とはそうやって作られていくのだと私は考えている。その歴史がイデオロギーにより歪んでしまっているのが今の世界だがな。だから世界は崩壊を迎える

・舛添問題の根幹にあるのも自虐史観

 もう一つ大事な指摘がある。それはなぜ舛添要一はあんなことをしてしまったのか。根幹は都民の政治に対する無関心だが、それでもあそこまで自分の事しか考えない政治家はいないだろう。なぜ舛添要一のような人間が生まれてしまったのか。それは日本社会がそうだからとしか言いようがないが、本当の根っこは自国を大事にしない教育を行ってきたからだ。日本以外の国では起こらないと述べる根拠はこれである。日本は自国を大切にしない国なのだ。自国を大切にすれば右翼といって罵られてしまう国なんだ。だから舛添要一のような世界の常識から外れた卑しい人間が生まれてしまうのだ。この事実も日本人はまたしっかりと認識してほしい。

 

 最後の最後にとある人物が述べた至言を残して本当にこの文章を終了させよう。

    自分の国すら尊重できない人は

  相手の国も尊重できない

 

舛添関係ないやんって言わないでね